創作小話『ニセ科学の亡霊を封じ込めた魔法の箱』

 ある村に、悪さばかりするニセ科学の亡霊が居ました。
 困り果てた村人たちは、天に居る「空飛ぶスパゲッティ・モンスター」に向かって祈りました。
 「どうか、ニセ科学の亡霊を懲らしめる賢者さまが、都合よく現れますように」

 すると、旅の途中の賢者が都合よく現れました。
 その賢者は、ニセ科学の亡霊と戦って見事に倒しました。

 賢者は、魔法の箱にニセ科学の亡霊を封じ込め、村外れの花畑に赴いて地下深くに埋めました。
 村人たちは、訪れた平和を喜びました。

 一段落した賢者は、パートタイムで働いた報酬を村人たちから受け取り、速やかに去りました。
 やがて、賢者の活躍は村の伝説となりました。

 それから、数千年が過ぎました。
 あるトレジャー・ハンターが、叫びました。
 「ひゃっほう! ついに宝箱を探り当てたぜ! 伝説は事実だったぜ!」
 「中身はどのような品かな? さっそく蓋を開けてみよう! わくわく」

 【教訓】この話は、ある怪しい説がネット上に拡散し、事態を憂慮したニセ科学批判者たちが対抗言論の記事を書き、それを見た人々が、
 「あたくしたちが信じていた説は、序論と本論と結論がダメらしいですわよ」

 「まじっすか、ありな説と思って『いいね!』のボタンを8万6千4百回ほど押したけれど、無しな行為だったすか」

 「あの説を心の中で密かに訝しんでいた我輩のレベルに今になって追いついたニセ科学批判者たちよ、諸君が対抗言論を公開するタイミングは遅きに失したが、ともかく大儀である、これより我輩はあの説に関する肯定的な評論を辞して沈黙のROMに戻るとする」

 「YO! YO! 夢中で信じた俺が居るYO! この心理をYouTubeで概要するYO!」

 「朝に甘露と受け入れたニセ科学説、夕にデバンカーの熱演を聞いて蒸散す」

 「科学リテラシー、これがあると、いいらしい」

 「もう飽きた、次の話題に、移行する」

 と述べて忘れ去ったとしても、しばし時が経てば、
 「こんな説を思いついて記事に書きました、いかがな読後感ですか」
 と述べるブロガーが現れて、
 「よく分からないけれど、科学的に妥当な説と思う」
 というツイッタラーが現れてフォロワーに紹介し、
 間もなくインフルエンサーの観測範囲にまで拡散し、ついにはツイッターのトレンドの上位が、

 「あのブロガーが提唱した説は斬新だ」
 「ゆえに、誤りは一つも含まれていない説という理屈になる」
 「新しさに訴える論証ではない」
 「というわけで、みんなも支持を表明しよう」
 「時代遅れの自分をさらけ出さないためにも」

 という趣旨のツイート群で占められ、その画面を見たニセ科学批判者たちは、
 「またですか……。またしてもあの説が社会に蔓延ですか! デジャブですか! もしくは私が過去にタイムスリップしたのかしら?」
 と述べながら対抗言論に取り組むという現実を明らかにしています。

自説の正しさに多大な自信があるゆえに、疫学の玄人たちから誤りを指摘されてもなかなか認められず、もどかしい気持ちになる疫学素人でも、疫学の玄人たちと長く議論を続けられる方法

 •まずは、次のスタンスで疫学の玄人たちと議論を始める。
 「自分が考えることは常に正しい、自分がネット上に公開する主張も常に正しい、そんな自分に異論を述べる人達はみんな間違いだ」
 
 議論の途中で次の状況になる。
 「あかん、疫学の玄人たちから総ツッコミをもらって自説の間違いが明らかになってしもうた、どないしよう?」

 •素人の立場を強調して凌ぐ。
 「この私は、疫学素人としての意見を述べたまでのこと」
 「素人なりの問題提起をしたまでのこと」
 「おかげで、多くの一般人に関心を持ってもらうことができた」
 「これは疫学玄人の諸君にはできない所業であり、疫学素人である私ゆえに達成できた成果である」
 
 •これを聞いた疫学の玄人たちは、あきれる。
 「自信満々で議論を始めておきながら、自説が不利になった途端に素人の立場を強調して開き直るってどういうこと?」
 「議論を続ける気が失せたよ、帰る!」
 
 •いま帰られては寂しいという思いが募り、下手に出ながら引き留める。
 「私は疫学を勉強中の者です、もっと色々な知識を授けてください」
 
 •それを聞いた疫学の玄人たちは、「殊勝な態度だ、議論を続けてもよさそうだ」と判断する。
 
 •議論の場に戻ってきた疫学玄人たちの姿を確認し、安心し、再び疫学の素人なりに構築した自信満々の主張を聞かせてあげる。

 この方法の要点は、「自信たっぷりに自説を語る態度」を見せた後、「勉強中の私に正しい疫学の知識を教えてください」という謙譲を見せてあげることである。
 疫学の玄人たちにギャップ萌えを覚えさせるのが狙いである。
 
 読者さまの議論術の参考になれば幸いである。
 
 【注意事項
 「このブログ主は何を言っていますの」と思われた御方の場合、この方法を実行すると多大なストレスを感じて倒れる。
 思考の片隅へメモするに留めておくが無難である。

創作小話『空飛ぶスパゲッティ・モンスターから見込まれたdisブロガー』

 罵倒芸の論者であるAさんが自分のブログでいつものようにdisっていると、空飛ぶスパゲッティ・モンスターが現れて言いました。
 「お前のdis文は、構成がしっかりしている」
 「ゆえに、『ニセ科学批判ブログ』をお前に授ける」
 「よく運営に励み、地球人の支持を80億と集めよ」

 Aさんは承知しました。
 さっそくdisブログから離れてニセ科学批判ブログに移りました。

 Aさんが綴るニセ科学批判の文は、すぐに評判となりました。
 読者たち:「論理に隙がなく、科学素人に分かりやすく、主張の根拠とする一次ソースへのリンクがある、三拍子そろったニセ科学批判だ」

 その後も多くの人から絶賛される日々を送ったAさんでしたが、「……何かが違う」と思い始め、しだいにニセ科学批判が虚しくなってきました。
 ついに限界を迎えたAさんは、ニセ科学批判ブログを離れてdisブログに移りました。

 それを見た読者たちは失望して去りました。
 あっという間に以前の過疎ブロガーに戻ったAさんでしたが、虚しい感情もあっという間に消え去ったので、安堵しました。

 『教訓』この話は、得意な事柄と好きな事柄は異なる場合があるという現実を明らかにしています。

「もしも罵倒芸の論者が、アニメ『ポケットモンスター ダイヤモンド&パール』の第84話【ウラヤマさんちの大食いウリムー!】に登場するウラヤマさんの台詞を間違って覚えていたら」と考えました

 ナレーター:「突然に訪問してきた見知らぬ他人のサトシたちに、ウラヤマさんは余裕の態度で自宅を案内しました」

 ウラヤマ:「はっはっは、どうだい、私の館の裏庭は」

 ウラヤマ:「広いだろう? うらやましいだろう? 管理が大変そうだろう?」

 ウラヤマ:「それぞれ違った芸風を見せるポケモンたちが棲み着いているだろう? たとえば、」

 『自分は無名の疫学素人だ、しかし直感の鋭さはネット上で一番の人だ』

 ウラヤマ:「と表明し、疫学の玄人たちが居るログに自信満々で乗り込んで論戦を挑み、これでもかというほどの修正をもらった後、」

 『この私は、疫学素人なりの意見を述べたまでのこと

 『この私は、個人的にこしらえた主観データを公開したまでのこと』

 『あまりに世間知らずな諸君の言動を憂慮した私は、【こんな疫学素人もネット上の片隅に居ますよ、今後の啓蒙活動の参考にしてくださいね】と情報提供したまでのこと

 『その私に向かって諸君がマジな批判を突き出すとは何事か』

 『これだから世のすべての疫学玄人たちはダメなのである』

 ウラヤマ:「と強引に一般化して結論する芸風のポケモンも、居るだろう?」

 ウラヤマ:「いやあ、私も、」

 『論戦の負けが確定した状況にもかかわらず、あれやあこれやと言い訳し、逆に自分が勝っているかのような雰囲気を出してドヤ顔の、プライドの高さだけはネット上で一番の疫学素人』

 ウラヤマ:「という芸風を披露するポケモンに成りたいものだよ、はっはっは」

 ヒカリ:「ポケモンバトルでピンチになったら無理筋な勝利宣言を発動する特性のウリムー、ゲットで大丈夫!」

 サトシ:「よかったな、ヒカリ」

 サトシ:「これからは、【どんな御題の論戦でも負けない自分、最低でも、イーブンで終わる自分】を演出できるな」

 タケシ:「その演出を鑑賞した今までの支持者たちは、【ヒカリさん……変わってしまったな……】と失望して離れても、【そんなヒカリさんは有り!】と肯定する新たな支持者たちが現れるってわけだ」

 モニカ:「もうすぐ、カンナギタウンでマウンティング大会が開催されます、ヒカリさんも参加されてはいかかでしょうか」

 ヒカリ:「ようし、先日のミクリdisカップに続く優勝を果たすんだから!」

 ウラヤマ:「うんうん、また私の裏庭に来てポケモンたちの芸風を盗んでくれたまえ、はっはっは」(おわり)

「もしもアニメ『ポケットモンスター』の登場人物であるゴウさんが、インターネットを閲覧していた際に、それまでの人生で見たことのない芸を実行している論者の姿を目撃したら」と考えました

ゴウ:「おや? あの論者の再反論の仕方、どこかおかしいぞ?」

ゴウ:「みんなからのツッコミに対して、真正面から答えていないぞ?」

ゴウ:「気になるから図鑑で調べてみよう、スキャンボタンをポチっ」

ロトム図鑑:「論点のすり変えぇ!

ロトム図鑑:「議論の流れが自説にとって不利になるとぉ、別の話をひたすら語りぃ、議論をうやむやで終わらせるぅ!」

ゴウ:「なるほど、論点のすり替えという技か」

ゴウ:「いつの日にかミュウをゲットするという俺の夢に役立つか否かはともかく、」

ゴウ:「サトシとディベートを行う際には、重要な奥の手となるかもしれない」

ゴウ:「一応は思考にインプットしておこう、それっ」

ロトム図鑑:「ナーイス! ゴウの芸風に論点のすり替えが追加されますぅ!」

ゴウ:「どうだラビフット、俺の芸の幅が拡くなったぞ」

ラビフット:「……」

ゴウ:「リアクション無し? クールハートか? ヒバニーの時の陽気は、どこへ行ったんだ?」

サトシ:「おいおいゴウ! 俺たちが住むこの世界にはな、進化すると性格が変わるポケモンも居るんだぜ!」

ゴウ:「ふうん、それは知らなかった、ありがとう……って、サトシ居たのか」

サトシ:「ああ居たさ! ゴウが論点のなんちゃらを思考にイノセントした時からな!」

ゴウ:「そうなのか? じゃあ、ディベートするか?」

サトシ:「だが断る!……言い間違えた、ディベートする!」

ナレーター:「こうしてサトシとゴウは、インターネットの閲覧を中止してディベートを始めました」

ゴウ:「だから『思考にイノセント』じゃないって、『思考にインプット』だって」
サトシ:「えっ、君は千パーセント?」
ゴウ:「それはオメガトライブだって」
サトシ:「えっ、オロチのライトが眩しい?」
ゴウ:「それはモンスター銀河だって」
サトシ:「えっ、モエタランガ?」
ゴウ:「……。ちがうっつーの!」

ナレーター:「次第に意地の張り合いとなり、双方とも『お前にだけは負けたくないっ』となり、ついには非難合戦となりました」

ゴウ「なんだよ、その直感ありきの論は!」
サトシ「そっちこそ、客観的なデータで攻めてくるって、ずるいぞ!」

サクラギ博士:「おーい、サトシ君とゴウ君、調査して欲しいことがあるからガラル地方まで行ってきてもらえないか……」

サクラギ博士:「って、すごい雰囲気だな、自己主張の練習かい?」

サクラギ博士:「自分の考えをちゃんと言える若者たち、感心、感心」

サクラキ博士:「ゆえに今日の出張は免除してあげよう」
(おわり)
コハル:「……あたしの出番は?」
ワンパチ:「……ぼくのでばんは?」
ピカチュウ:「よかった、ぼくはかんぜんオフのひだった」

創作小話『できない理由を述べてはいけないと主張した者』

 ブロガーのAさんが主張しました。
 「世のニセ科学批判者たちは、ニセ科学信奉者の全員と一人残らず対話して、次々と相互理解を達成すべきである」
 「たとえ相手が頑固なニセ科学信奉者であっても、相互理解が達成するその日まで、対話の場から離脱してはいけない」
 「なぜならば、そのような決まりを私が作ったからである」

 すると、穏健派のニセ科学批判者を名乗るBさんが現れて言いました。
 「私も以前は似たような考えを持っていました」

 「頑固なニセ科学信奉者たちに語りかけて相互理解に達する試みを、753時間ネットに張り付いて続けました」
 (注記:753時間の理由:753=なごみ=和み=温和なニセ科学批判、という発想で決定した対話時間)
 「その結果、」
 『納得じゃのう、わしは効果を期待して山ほど購入したが、どれも科学的にデタラメな機器だったんじゃのう』
 「という台詞を述べてくれた人は、ゼロでした」

 「現在の私は、」
 『軽い気持ちでニセ科学を支持している人との対話を優先しよう』
 『それが自分のリソースを無駄に消費しない効率的なニセ科学批判だ』
 「という考えで行動しています」

 Aさんは反論しました。 
 「できない理由を述べてはいけない
 「B氏は過去に対話した頑固なニセ科学信奉者たちのところに再び赴いて、相互理解を達成せよ」
 「そのあとは、他の頑固なニセ科学信奉者たちのところに転じて対話して、相互理解を達成せよ」

 Bさんは問いました。「そこまで仰るAさんは、頑固なニセ科学信奉者たちの全員を納得に導く策をお持ちでしょうか?」
 「お持ちならば、ぜひとも教えてください、その策を採り入れて動きます」

 Aさんは答えました。
 「この私は、ニセ科学批判者たちに示唆を与える立場の者である」
 「ニセ科学批判の具体的な戦略を練る立場ではない」
 「よって回答は、『策は提示できません。というか、そもそもありません』となる」

 これを聞いたBさんは、一瞬だけ怒りを覚え、
 『お前のブログの過去記事を、すべて読んでやろうか……』
 『科学的に不正確な記述を続々と見つけて、片っ端から修正してやろうか……』
 『お前も吊るし上げにしてやろうかっ!』 

 とネットモヒカンモードに成ろうとしましたが、穏健派のニセ科学批判者を名乗っていたこともあり、
 「ここで芸風を変えると私の評判も変わってしまう」
 「ヒャッハーな支持者たちが増える事態になる」
 と考えた末に、「お答えいただきまして誠にありがとうございました、完全に納得しました」と言って帰りました。

 Aさんは勝利宣言しました。「B氏はお礼を述べて帰った、よって私の言動に何ら矛盾はなかったという理屈になる」

 【教訓】このように見知らぬ他人に向かって、「できない理由を述べてはいけない、できる理由のみを述べること、それが建設的な議論だ」と意見する人も、うっかりできない理由を述べたりします。
 それを踏まえて拝聴すれば、「一理あるけれど、この人に言われたくないな……」という気持ちが消えて楽になります。

「もしもモヒカン的な論者が、織田信長と無辺の話を間違って覚えていたら」と考えました

 ナレーター:「信長のブログでニセ科学問題の議論が始まると、無辺が現れて言いました」

 無辺:「この世に絶対などありません、すべては相対です」
 「たとえば、ニセ科学批判者たちが『ダメダメですやん……』とあきれて却下する説であっても、ニセ科学擁護者から見れば『断然、有りな説だ! 思考回路の真ん中に組み入れよう!』となります」
 「以上の主張は、絶対に正しいです」

 信長:「ネット上で悪しき相対主義を公開する論者は、化け物染みた批判耐性を持っているかもしれぬ」
 「吊るし上げにしてみよう、ネットモヒカンどもを用意せよ」

 無辺:「先程の主張は、次の思惑で為されたものです」
 『自分の視野の広さをアピールしたい』
 『ゆえに、深山の頂きに設置した安楽椅子に座り、下界の喧騒をぼんやりと眺め、いっちょ噛み』
 『皆が議論している内容に関心はない、私は一人で勝っている自分を演出できたら満足だ』

 信長:「これより以降はニセ科学問題の解決に与しないコメントの投稿を控えよ」

 ナレーター:「その後、無辺は別のブログでも、」
 『中立の傍観者を自称しながらニセ科学に利する発言をブイブイ云わし、ドヤ顔で締めくくる』
 「という態度を見せていたことが発覚し、信長はアクセス禁止の処分を言い渡しました」

 『教訓』このように、「ニセ科学問題の議論に途中参加して一人勝ちを達成したい、最低でも、ニセ科学批判者たちの主張の矮小化は図っておきたい」と考える論者は、追放される事態を想定しておきましょう。
 参加したタイミングで言いたいことを全て言い終えるように、予めコンパクトなコメントを作っておきましょう。

 それをしなかった場合、『あれを言っておきたい! これも言っておきたい!』という思いが抑えきれず、だらだらと長いコメントを作って投稿しているうちに追い出され、「散漫な語りで終わってしまった、真に言いたかったことをみんなに分かってもらえなかった」と後悔する世界線に分岐します。

創作小話『科学的に怪しい本を紹介したブロガーとニセ科学批判者』(追記あり)

 有名ブロガーのAさんが、お気に入りの本を紹介しました。「罵倒芸の論者たちに朗報である」
 「この本によれば、あの罵倒芸イオンは実在するらしい」
 「罵倒芸イオンを摂取した罵倒芸の論者は、disの能力が三倍になるそうだ」
 「詳しく知りたい罵倒芸の論者は、私が薦めるこの本を読みたまえ」

 すると、ニセ科学批判者のBさんが現れて言いました。「その本の内容はデタラメです、紹介するのはやめたほうがよろしいです、Aさんのブロガーとしての信頼が低下しますから」

 Aさんは反論しました。「私に対するアラ探しはやめたまえ、貴公は世の低リテラシーの者どもに正しい科学の知識を説いて回っておればよいのである」

 中立の傍観者を名乗るCさんも現れて言いました。
 「Aさんには、罵倒芸イオン実在説の本を読む自由があり、かつ信じる自由がある」
 「Aさんには、罵倒芸イオン実在説の本を自ブログで紹介する自由がある」
 「ゆえにB氏には、Aさんの言動にあれこれ口出しする権利がないという理屈になり、Bさんは永遠の沈黙を保っているべきという理屈になる」

 それでもめげずにBさんは批判を頑張りました。
 「Aさんを説得できる可能性は低いかもしれないが、Aさんのブログの愛読者たちには私の言い分が伝わるはずだ」

 Aさんのブログの愛読者たちは感想を述べました。
 「Aさんは凄い、B氏のいちゃもんに余裕で対応している」
 「考えてみれば当然だ、Aさんは罵倒芸イオン実在説の提唱者ではなく、提唱者の本を紹介したにすぎない立場の人だ」
 「もしかすると次のような文句を言う読者が現れるかも知れないが、それは読者本人の自業自得であり、Aさんには関係ない」

 自業自得な読者:
 『ほう、そんな本があったのか、ならば私も、自分のツイッターでフォロワーたちに紹介してあげよう、きっと喜ばれるに違いない』
 『と思って実行したら、フォロワーたちから一斉に間違いを指摘されて、大炎上した』
 『おかげで私は、釈明に追われる日々を過ごして神経を消耗した……どうしてくれるんだ!(怒)』

 「このケースの場合、『有名ブロガーのAさんが紹介している本だから』と安易に信じたのが悪い」
 「有名人が紹介する本でも疑ってかかる、科学的な誤りがないかどうかを検証する、これはAさんのブログの愛読者である我々にとって普通の作業と化している」
 「ゆえに、罵倒芸イオン実在説の本を紹介したAさんに対して騙された云々と文句を言うのは、筋違いである」

 「以上の理由により、Aさんに落ち度は一つもないという結論になる」

 それを聞いたBさんは、悲観しました。
 「私の言い分はオーディエンスにすらも伝わらないのだ、このうえは引退するしかない」

 言い終えたBさんは、「無力感に包まれた元ニセ科学批判者をやさしく受け入れてくれる夢幻郷」を求めてネットの果てに旅立ちました。

 【教訓】この話は、ネット上で他人に向かって、「あなたが好意的に紹介している本の内容はニセ科学ですよ」と指摘する行為に加えて、「ニセ科学的な本をネット上で好意的に紹介することはやめたほうが良いですよ」というアドバイスまで実行した場合、説得に失敗する可能性が二倍になるという現実を明らかにしています。

 (この記事は、以下のツイート群にインスピレーションして作りました)
 ダルビッシュ有(Yu Darvish)さんのツイート
 タンパク質というのは何もアスリートだけに必要なものではない。
 この本オススメです^_^

 高タンパク健康法 (健康基本知識シリーズ1) https://www.amazon.co.jp/dp/4872426622/ref=cm_sw_r_cp_api_i_X1CuCb5A016TK


 みおつくしさんのツイート
ダルビッシュ有さん…それトンデモ本ですよ…エビデンスないですよ…


 ダルビッシュ有(Yu Darvish)さんのツイート
人のアラ探してないでご自分が成長して皆さんに正しい栄養学を教えてくださいね。


 ダルビッシュ有(Yu Darvish)さんのツイート
 「三石巌氏は長く研究されているようですが、論文がありませんのでトンデモです。」

 多分あなたがトンデモだと思いますよ。。


 みおつくしさんのツイート
 なぜです?


 ダルビッシュ有(Yu Darvish)さんのツイート
 論文を書いていないからトンデモだという謎理論を当たり前かのように言うからです笑


 みおつくしさんのツイート
 書いていないからではなく、論文に基づいていないからトンデモなんですよ。
 また、三石巌氏の治療が事実なら論文になっていますよね。なのに論文はありません。そのためトンデモです。


 ダルビッシュ有(Yu Darvish)さんのツイート
 本人が書くつもりなければ論文にならないでしょう笑


 ダルビッシュ有(Yu Darvish)さんのツイート
 みんなあなたの価値観持ってないですよ笑


 みおつくしさんのツイート
 論文に基づいたものと論文に基づいていないものがあれば、
 論文に基づいたものが優先されます。
 三石巌氏が正しかったら、食事摂取基準に反映されてますよ。

 食事摂取基準(USA)
 https://www.nal.usda.gov/fnic/dietary-reference-intakes
 日本人の食事摂取基準


 hosokilove0 さんのツイート
 論文を盲信するのもどうなのでしょうか…
 恣意的に歪められた論文を信じ込んで60年間も誤った認識を持っていた砂糖。
 ノーベル賞受賞の本庶教授も「科学誌の説も10年経ったら残って1割」と、“自分の目で確かめること”の大切さを述べられています。


 ダルビッシュ有(Yu Darvish)さんのツイート
 こんなんもあるんだなー!
 むしろ論文あるほうが怪しいんじゃないか笑


 みおつくしさんのツイート
 論文の蓄積と相互批判でしかエビデンスは成り立ちません。
 「科学誌の説も10年経ったら残って1割」というのも10年間の他の論文による批判によって成り立っています。


 SekiTaiseiさんのツイート
 Evidence, Clinical expertise, Patient value. 科学者や治療家はEvidenceを元に情報を提供するのが役割であって、決断を下すのはクライアントの役割。何の情報の取り入れ、利用するか。それはクライアントの役割であって、そのpatient valueをリスペクトできない人はそもそもの関係性が分かってない。


 みおつくしさんのツイート
 個人の自由を尊重するためにも、適切な情報としてエビデンスを提示するのは必要ですね。


 SekiTaisei‏さんのツイート
その適切な情報を提示するのは科学者や治療家の役割であって、ダルビッシュさんが自分の価値観で情報を発信するのはダルビッシュさんのvalueでありそこにみおつくしさんが介入する所ではありません。


 SekiTaisei‏さんのツイート
なので、トンデモやエセ科学と明らかにするのはみおつくしさんの仕事であって、どんな情報であろうがダルビッシュさんには取り入れ、利用する自由があります。それが科学者や治療家達にとってはエセやトンデモ科学でもそれがダルビッシュさんにとって良ければいいんです。


 みおつくしさんのツイート
 三石巌氏の「治療法」を信じて標準治療を拒否する人が出てきた時はどうすればいいのでしょう。

 例えば、この小児急性白血病の患者さんの事例を信じるのは危険ですよね。
 https://m.facebook.com/100003189999578/posts/1206714392778216/


 ダルビッシュ有(Yu Darvish)さんのツイート
論文ニキやばいわ


 研修医A‏さんのツイート
言ってることは間違っていない。でも彼の矛先になってしまっている科学者達が普段から戦っている姿には涙ぐましいものがある。彼らが何よりも避けたいのは非科学的な論調が広がって、患者や一般の人が害を被ることなんだ。不器用で理詰めだからバズると嫌われるけど、僕は科学を推す先生達は善だと思う


 研修医A‏さんのツイート
今回のダルビッシュの書籍問題とは直接繋がらないけれど、心無い人が非科学的な論調を広めて、まっすぐな患者さんが被害を被る姿は医療者にとっては珍しい光景じゃないから。
そうして救えるはずだった命が失われてしまうことさえ、現実でままあることなんて、僕だって信じたくもない。

・・・・・
追記、その1
 「中立の傍観者を名乗りながら世のニセ科学批判者たちにダメ出しして自分一人の勝ちを収める方法」
 を探求している私としては、SekiTaisei‏さんのtweet群が参考になった。

 読者様におかれては、近い将来に私が、
 「科学素人には、科学的に怪しい本を信じる自由がある」
 「そして、科学的に怪しい本を好意的にネット上で紹介する自由もある」

 「ゆえにニセ科学批判者たちは、どこぞのネット上で誰かがニセ科学的な説を好意的に紹介していても、黙って見ているしかないという理屈になる」

 「そんなのいやだ、指摘せずに黙っているなんて耐えられない、そう思ったニセ科学批判者は、引退すればよい」
 「そうすれば、ニセ科学批判活動における喧騒と無縁の安楽な隠居生活を送れる」

 と言い始めた時は、
 「SekiTaisei‏さんの主張をアレンジしてパワーアップしたニセ科学批判批判を実行しているな」
 という感じで鑑賞していただければ幸いである。
 【追記、その2
 ちょっと思索。

 仮に、SekiTaisei氏の主張が正しいとする。
 そこでSekiTaisei氏の論理を、SekiTaisei氏とみおつくし氏の関係に当て嵌めて考えると、

 •SekiTaisei氏=patient valueに関する情報を提供する役割の人
 •みおつくし氏=patient valueに関するクライアントの役割の人

 と成る。すると、

 •patient valueに関してみおつくし氏が何の情報を取り入れ利用するかはみおつくし氏の役割である

 •「patient valueに関してみおつくし氏が何の情報を取り入れ利用するかはみおつくし氏の役割」をリスペクトできない人は、そもそもの関係性を分かっていない

 と成る。つまり、

 •patient valueに関する情報を提供する役割の人は、SekiTaisei氏

 •みおつくし氏が自身の価値観で情報を発信する行為は、みおつくし氏のvalue

 •そこにSekiTaisei氏が介入する所は無い

 それにもかかわらず、SekiTaisei氏はみおつくし氏のvalueに介入した。なぜか?

 可能性その1
 次の点を忘れていたため、みおつくし氏のvalueに介入した?
 「自分はpatient valueに関する情報を提供する役割の人、クライアントの役割の人であるみおつくし氏のvalueに自分が介入してはいけない、介入すればそもそもの関係性を分かっていない人に成る」

 可能性その2
 次のスタンスを採用していた?
 「他人Aが他人Bの言動に直接異議を唱える行為は許されないが、それを傍観していた自分が他人Aの言動に直接異議を唱える行為は許される、なぜならば、自分は例外の存在であり、特別の存在だから」

 以上の2つが思い浮かんだが、他の可能性もありそうなので、後で思索しておく。
 【追記、その3
 プロの科学者たちの前で次の論理を述べた場合、総ツッコミがもらえるか否か。後で思索しておく。

 前提1:私は自分のtwitterで、とある健康本をフォロワーたちにお勧めした
 前提2:その健康本の著者は、自説に関する論文を書いていない
 結論:ゆえに、『論文が存在する説=怪しい説』という式が成立する
 【追記、その4
 faridyus氏のツイート
こんなんもあるんだなー! むしろ論文あるほうが怪しいんじゃないか笑

 このtweetに対して、プロの数学者である黒木玄氏が「いいね!」を付けておられる。

 ということは、黒木玄氏の前で、
 「私は、とある健康本を読者たちにお勧めした」
 「その健康本の著者は、自説に関する論文を書いてない」
 「ゆえに、『論文がある説=怪しい説』という式が成立する」

 と述べても、ツッコミはもらえない可能性が大か。後で思索しておく。

創作小話『批判的な態度はやめるべきと述べたブロガー』

 ニセ科学問題については中立の傍観者だと名乗るAさんが、自ブログで主張しました。
 「最近のネット上は、ニセ科学批判だとか、ニセ医学批判だとか、罵倒芸イオン批判だとか、」
 「なにかと批判的な言論を発信する者が多くなったが、これはダメな傾向である」

 「批判の相手がモヒカン的な思考の人ならばともかく、そうでもない人が相手だった場合は、100パーセント反発されて、『だれがニセ科学批判者と話をするものか!』と言われて、対話が物別れに終わる」

 「優しい言葉を発信すれば、たとえ相手が頑固なニセ科学擁護者であっても、気持ちが打ち解けて、暖かい雰囲気が生まれて、対話がすいすい進んで、相互理解に至って、オフ会の約束をして終わる」

 「というわけで、今日からニセ科学批判者たちの諸君は、批判的な態度を永遠に封印したまえ
 「できないのであれば、引退してネット上から消えたまえ

 聞き終えた一人のニセ科学批判者が、意見しました。
 「まずは、Aさんが批判的な態度を封印してください」
 「そうすれば、Aさんの言葉に説得力を感じて賛同を表明する読者が、一人くらいは現れると思います」

 【教訓】これは、初めに手本を示してからニセ科学批判批判を実行すると、そうしない場合よりもニセ科学批判者たちの感心を生み出せるというお話です。

創作小話『中立の傍観者を名乗って銭をもうけたニセ科学推進者』

 流れのニセ科学推進者が、ある村を訪れてインチキ商売を始めようとしました。

 しかし、村にはニセ科学批判者たちが居たので、「このままでは邪魔されて失敗に終わる」と考えたニセ科学推進者は、
 中立の傍観者を名乗り、ニセ科学批判者たちに対するネガティブキャンペーンを実行しました。
 「現代科学の常識も絶対ではありません」
 「未来のどこかの時点で新事実が発見されて、既存の科学事実が否定される可能性もゼロではありません」
 「ニセ科学批判者たちの言っていることも、いつの日にか否定されてしまう運命です」
 「ゆえに、村人の皆さんは自分の科学素人なりの直感を判断基準にして行動すべき、という理屈になります」
 「この主張に論理の飛躍などありません」
 「論理の飛躍を見つけた人は科学リテラシーが低い人、という定評になります」
 「以上で、ニセ科学問題に中立な私の意見表明を終えます」

 聞き終えた村人たちは、ニセ科学批判者たちの話を信じなくなりました。
 おかげでニセ科学推進者のインチキ商売は成功に終わりました。

 【教訓】このように、「ニセ科学問題においては中立の傍観者です」と名乗る人たちの中には、
 「ニセ科学問題など、どうでもよい。とにかく私は、自分が気にいらないニセ科学批判者たちを貶すだけ」というタイプの論者が紛れ込んでいます。
 それを見極めたうえで話を聞いてあげましょう。