創作小話『逆張りとしてニセ科学擁護を勧めた科学素人ブロガー』

 その科学素人ブロガーであるAさんは、何気なくニセ科学擁護の記事を書きました。
 すると、たくさんのモヒカン的な読者が現れて、批判のコメントを続々と送ってきました。

 初めてのブログ炎上に戸惑ったAさんでしたが、ふと事態を打開する案が頭に浮かびました。

 さっそくAさんは、他の科学素人ブロガーたちを集めて言いました。
 「逆張りとして、ニセ科学擁護の記事を山ほど書くことを、皆さんにお勧めします」
 「そうすれば、皆さんの過疎ブログにたくさんの友好的な読者が現れて、ポジティブなコメントを続々と送ってくれます」

 他の科学素人ブロガーたちは言いました。
 「Aさんの魂胆は、わかっています」
 「私たちのブログを炎上させて、相対的にAさんのブログの印象を薄めることが目的なのでしょう」
 「というわけで、Aさんはネットモヒカン族の批判を今後も一身に受けていてください」

 『教訓:この話は、自分に送られてくる批判を他に分散させようと企んでも必ず失敗するということを教えています』

創作小話『良いdisと駄目なdis』

 その昔、ネット上で【良いdis】たちと【駄目なdis】たちが論争していました。
 【駄目なdis】たちは、人格攻撃や論点ずらし、わら人形論法や後釣り宣言を駆使して、論争に勝ちました。

 ネット上を追い出された【良いdis】たちは、空飛ぶスパゲティ・モンスターに今後の身の振り方を相談しました。
 空飛ぶスパゲティ・モンスターは言いました。
 「このままお前たちが再戦を挑んでも、結果は同じだろう」
 「一人ずつ、そっと静かにネット上に赴きなさい」

 このために、【駄目なdis】はネット上の至るところで目撃されるのですが、【良いdis】はほんの少ししか見えなくなったのです。(完)

創作小話『ムラビト的ブログの管理人と愛読者たち』

 そのムラビト的ブログの管理人は、愛読者たちに説教しました。
 「あなた方は場の空気の読み方が上手であり、感情論の使いどころも心得ています」

 「それなのに、どうしてモヒカン的な論者におびえるのですか」
 「モヒカン的な論者と議論しても負けることはないのですから、堂々と構えていなさい」

 説教が終わると、モヒカン的な論者が現れました。
 ムラビト的ブログの管理人は、あわててアクセス禁止の処分にしました。

 『教訓:この話は、他人に説教した内容を自分で完全にやり遂げるのは難しいという現実を明らかにしています』

創作小話『科学リテラシーの高さを誇った新人のニセ科学批判ブロガー』

 そのニセ科学批判を始めたばかりのブロガーであるAさんは、ネット上で偶然に見つけた科学素人のブログに乗り込んで論破に成功しました。
 Aさんは、得意になって言いました。
 「ずいぶんと、あっさり勝てたものだなあ」
 「今の僕の科学リテラシーの高さなら、ベテランの苛烈なニセ科学批判者を相手にしても、楽に勝てるだろうなあ」

 すると、ベテランの苛烈なニセ科学批判者が現れて、Aさんのブログを読み始めました。

 過去ログの1ページ目から最新の記事まで漏れなく科学的な間違いをチェックして逐一修正する苛烈なニセ科学批判者の姿を見ながら、Aさんは言いました。
 「これは当然の結果だ」
 「どうして僕は、こうなる前に自分の科学リテラシーの程度をちゃんと把握しておかなかったのだろう」

 『教訓:この話は、自分の科学リテラシーの高さを過信すると直後に危険なことが起きるという現実を明らかにしています』

ネタのお言葉『disに居るを良しと為す。選んでdisに居らずんば、いずくんぞ罵倒芸なることを得ん』

 この言葉は、あの論語に登場する言葉、「仁に里るを美しと為す。選んで仁に処らずんば、いずくんぞ知なることを得ん」の罵倒芸版である。

 【意訳】
 「ネット上で行われる議論の場において、勝利することを第一としている論者が、芸風の中心にdisを据えることは理にかなっている」

 「それにもかかわらず、あえてdisを控えてネットマナーに気を配るのならば、決して真の罵倒芸に到達することは叶わないのである」

 そのように孔子は言っている。

創作小話『自分の繰り返しに気がついたニセ科学批判者』

 そのニセ科学批判の新人ブロガーであるAさんは、初めてニセ科学擁護者と対話して、初めて説得に成功しました。

 一年後、Aさんは別のニセ科学擁護者と対話して、またも説得に成功しました。

 五年後も十年後も、Aさんは数多のニセ科学擁護者と対話して、すべて説得に成功しました。

 いまやAさんは、ベテランでやり手のニセ科学批判ブロガーとして、他のニセ科学批判者たちから尊敬される存在となっていました。

 そこへ、「ニセ科学批判者の盲点を指摘することにかけては宇宙一の傍観者」を自称するBさんが現れて、意見しました。
 「Aさんは、ニセ科学批判を始めた過去から現在に至るまで、同じことしか言っていない」

 「すなわち、いかにニセ科学が駄目なものかという説明だけである」
 「十数年にわたって新しさのない言論活動を行って、虚しくはないかね?」

 それを聞いたAさんは、虚しくなりました。
 「Bさんの言うとおりだ、この私はニセ科学の駄目さ加減を述べる言論しか発してこなかった」
 「こんな繰り返しのニセ科学批判ブロガー人生は、もううんざりだ」

 言い終えたAさんは、ブログを閉鎖してネット上から消えました。
 以上、「自分の繰り返しに気がついたニセ科学批判者」というお話でした。
 (この話は、以下の「はてなブックマーク」にインスピレーションして作りました)
 『はてなブックマーク - はてなブックマーク - mika_berryさんのツイート @ALC_V @cochonrouge @NATROM 検査すんなってか。検査が必要か否か、ってこの人専門家なん 甲状腺の。』

創作小話『炎上が本望と評されたブロガー』

 ある日、Aさんの過疎ブログが炎上した。
 Aさんは、疲労困憊になりながらも火消しに成功した。
 「やれやれ、私の意図しない文脈で捉えられてしまって、大変な目にあった」

 それを聞いたBさんは、感想を述べた。
 「どうせ、自ら炎上マーケティングを仕掛けたのだろう」
 「それで被害者のような顔をされても、まったく同情できない」

 その後、Bさんのブログが炎上した。
 Bさんは、読者たちを批判した。
 「私の意図しない文脈で捉える駄目な読者が多すぎる」
 「きちんと私の真意を汲み取るべきだ」
 「それができない低レベルな読者は、来なくて良い」

 すると、反発する読者の数が増大した。
 Bさんのブログは、大炎上して閉鎖に追い込まれた。

 それを見たAさんは、感想を述べた。
 「Bさんは、本望だと喜ぶべきだ」
 「自分のブログに大炎上を呼び込むために、わざと意図しない文脈で捉えられるような文章を披露して、そのとおりの結果になったのだから」

 『教訓:このように、高度なブロガーになると、他人のブログに起きた炎上は好きなように批判でき、自分のブログに起きた炎上も好きなように批判できるのだ』

創作小話『画期的な言論だと噂されたブロガー』

 そのベテランの罵倒芸の論者であるAさんは、次のような噂を聞きつけた。

 噂:「画期的な言論でニセ科学批判批判を行うブロガーが、最近デビューしたらしい」
 噂:「まだニセ科学批判批判の経験が浅いにもかかわらず、常勝を保っているブロガーらしい」

 その噂に興味を持ったAさんは、さっそく当該のブログを訪れた。
 そこで見たのは、毎度おなじみの悪しき相対主義だった。
 「はい、ニセ科学とマトモな科学は、相対的に同じです(^^)v」
 「はい、あなたは唖然として黙ってしまいました、ゆえに私の主張の正しさが証明されたことになります(^^)v」
 「はい、今日も私の完全勝利で終わったのでした(^^)v」

 Aさんは、嘆息した。
 「噂を鵜呑みに信じて訪れた私が、愚かであった」

 Aさんは、そのブログをdisり倒して閉鎖に追い込んだ。

『教訓:この話は、悪しき相対主義的な言論を披露してきた者に語ってあげると良いだろう』

創作小話『論敵同士』

 ある日、互いを論敵と認める二人が一つのブログに偶然居合わせた。
 二人は、そのブログの記事を同時に読んだ。
 一方の者は、科学的に間違っている部分を散々に罵倒した。
 もう一方の者は、誤字脱字の部分を散々に罵倒した。

 それを見たブログ主は、二人に言い渡した。
 「今から、あなた方をアクセス禁止とし、あなた方からもらったコメントを全て削除する」

 科学的に間違っている部分を罵倒した者は、ブログ主に尋ねた。
 「その処分を受ける者は、二人のうちどちらが先か?」

 ブログ主は答えた。
 「誤字脱字を罵倒した者が先にアクセス禁止となり、先にコメントを全て削除される」

 科学的に間違っている部分を罵倒した者は、安堵して言った。
 「あいつのコメントが削除されていく様子を、俺は見届けることが出来る。これほど喜ばしいことはない」

 『教訓:このように、論敵に勝ちたいという気持ちが強すぎると、論敵の信用が落ちる姿を見届ける事と引き換えに自分の信用を落としてもかまわないという思考になるのだ』

創作小話『次々と罵倒芸を披露したブロガーと愛読者たち』

 その罵倒芸のブロガーであるAさんは、コメント欄に現れた礼儀の論者を散々に罵倒しました。
 礼儀の論者は、「私のネットマナー説教を聞いてくれる人は、ここにも居なかった」と嘆きながら去りました。

 次にAさんは、コメント欄に現れた悪しき相対主義者を、散々に罵倒しました。
 悪しき相対主義者は、「罵倒芸とネットマナーは、相対的には同じです」と言いながら去りました。

 次にAさんは、副管理人とdisり合いを始めました。
 すべてを見ていた愛読者たちは、話し合いました。
 「どうやら、私たちも去る時が来たようだ」
 「あのブログ主は、今まで共闘していた副管理人すらも追い出すつもりなのだから」

 【教訓】このように、罵倒芸のブロガーたちは愛読者がすべて離れる事態を覚悟したうえでdisり合いを行っているのです。