創作小話『自分の繰り返しに気がついたニセ科学批判者』

 そのニセ科学批判の新人ブロガーであるAさんは、初めてニセ科学擁護者と対話して、初めて説得に成功しました。

 一年後、Aさんは別のニセ科学擁護者と対話して、またも説得に成功しました。

 五年後も十年後も、Aさんは数多のニセ科学擁護者と対話して、すべて説得に成功しました。

 いまやAさんは、ベテランでやり手のニセ科学批判ブロガーとして、他のニセ科学批判者たちから尊敬される存在となっていました。

 そこへ、「ニセ科学批判者の盲点を指摘することにかけては宇宙一の傍観者」を自称するBさんが現れて、意見しました。
 「Aさんは、ニセ科学批判を始めた過去から現在に至るまで、同じことしか言っていない」

 「すなわち、いかにニセ科学が駄目なものかという説明だけである」
 「十数年にわたって新しさのない言論活動を行って、虚しくはないかね?」

 それを聞いたAさんは、虚しくなりました。
 「Bさんの言うとおりだ、この私はニセ科学の駄目さ加減を述べる言論しか発してこなかった」
 「こんな繰り返しのニセ科学批判ブロガー人生は、もううんざりだ」

 言い終えたAさんは、ブログを閉鎖してネット上から消えました。
 以上、「自分の繰り返しに気がついたニセ科学批判者」というお話でした。
 (この話は、以下の「はてなブックマーク」にインスピレーションして作りました)
 『はてなブックマーク - はてなブックマーク - mika_berryさんのツイート @ALC_V @cochonrouge @NATROM 検査すんなってか。検査が必要か否か、ってこの人専門家なん 甲状腺の。』

創作小話『炎上が本望と評されたブロガー』

 ある日、Aさんの過疎ブログが炎上した。
 Aさんは、疲労困憊になりながらも火消しに成功した。
 「やれやれ、私の意図しない文脈で捉えられてしまって、大変な目にあった」

 それを聞いたBさんは、感想を述べた。
 「どうせ、自ら炎上マーケティングを仕掛けたのだろう」
 「それで被害者のような顔をされても、まったく同情できない」

 その後、Bさんのブログが炎上した。
 Bさんは、読者たちを批判した。
 「私の意図しない文脈で捉える駄目な読者が多すぎる」
 「きちんと私の真意を汲み取るべきだ」
 「それができない低レベルな読者は、来なくて良い」

 すると、反発する読者の数が増大した。
 Bさんのブログは、大炎上して閉鎖に追い込まれた。

 それを見たAさんは、感想を述べた。
 「Bさんは、本望だと喜ぶべきだ」
 「自分のブログに大炎上を呼び込むために、わざと意図しない文脈で捉えられるような文章を披露して、そのとおりの結果になったのだから」

 『教訓:このように、高度なブロガーになると、他人のブログに起きた炎上は好きなように批判でき、自分のブログに起きた炎上も好きなように批判できるのだ』

創作小話『画期的な言論だと噂されたブロガー』

 そのベテランの罵倒芸の論者であるAさんは、次のような噂を聞きつけた。

 噂:「画期的な言論でニセ科学批判批判を行うブロガーが、最近デビューしたらしい」
 噂:「まだニセ科学批判批判の経験が浅いにもかかわらず、常勝を保っているブロガーらしい」

 その噂に興味を持ったAさんは、さっそく当該のブログを訪れた。
 そこで見たのは、毎度おなじみの悪しき相対主義だった。
 「はい、ニセ科学とマトモな科学は、相対的に同じです(^^)v」
 「はい、あなたは唖然として黙ってしまいました、ゆえに私の主張の正しさが証明されたことになります(^^)v」
 「はい、今日も私の完全勝利で終わったのでした(^^)v」

 Aさんは、嘆息した。
 「噂を鵜呑みに信じて訪れた私が、愚かであった」

 Aさんは、そのブログをdisり倒して閉鎖に追い込んだ。

『教訓:この話は、悪しき相対主義的な言論を披露してきた者に語ってあげると良いだろう』

創作小話『論敵同士』

 ある日、互いを論敵と認める二人が一つのブログに偶然居合わせた。
 二人は、そのブログの記事を同時に読んだ。
 一方の者は、科学的に間違っている部分を散々に罵倒した。
 もう一方の者は、誤字脱字の部分を散々に罵倒した。

 それを見たブログ主は、二人に言い渡した。
 「今から、あなた方をアクセス禁止とし、あなた方からもらったコメントを全て削除する」

 科学的に間違っている部分を罵倒した者は、ブログ主に尋ねた。
 「その処分を受ける者は、二人のうちどちらが先か?」

 ブログ主は答えた。
 「誤字脱字を罵倒した者が先にアクセス禁止となり、先にコメントを全て削除される」

 科学的に間違っている部分を罵倒した者は、安堵して言った。
 「あいつのコメントが削除されていく様子を、俺は見届けることが出来る。これほど喜ばしいことはない」

 『教訓:このように、論敵に勝ちたいという気持ちが強すぎると、論敵の信用が落ちる姿を見届ける事と引き換えに自分の信用を落としてもかまわないという思考になるのだ』

創作小話『次々と罵倒芸を披露したブロガーと愛読者たち』

 その罵倒芸のブロガーであるAさんは、コメント欄に現れた礼儀の論者を散々に罵倒しました。
 礼儀の論者は、「私のネットマナー説教を聞いてくれる人は、ここにも居なかった」と嘆きながら去りました。

 次にAさんは、コメント欄に現れた悪しき相対主義者を、散々に罵倒しました。
 悪しき相対主義者は、「罵倒芸とネットマナーは、相対的には同じです」と言いながら去りました。

 次にAさんは、副管理人とdisり合いを始めました。
 すべてを見ていた愛読者たちは、話し合いました。
 「どうやら、私たちも去る時が来たようだ」
 「あのブログ主は、今まで共闘していた副管理人すらも追い出すつもりなのだから」

 【教訓】このように、罵倒芸のブロガーたちは愛読者がすべて離れる事態を覚悟したうえでdisり合いを行っているのです。

創作小話『途中で自己主張した者』

 ネット上で偶然に見つけた他所の議論に途中参加したAさんが自己主張していると、傍観者から指摘されました。
 「Aさんは関係者ですか? 部外者ですよね? ならば、黙っているべきなのでは?」

 なるほどと思ったAさんは、自己主張を控えました。
 すると、別の傍観者から指摘されました。
 「なぜに遠慮しているのか? 言いたいことがあるのならば、どんどん自己主張するべきである」

 それを聞いたAさんは、嘆きました。
 「自己主張していると、黙っているべきと言われる」
 「黙っていると、自己主張するべきと言われる」
 「結局、私の言論活動は何をやっても全否定されるのだ」

 『教訓:この話は、議論に途中参加する者は誰よりも一番に空気を読むという態度を維持すると傍観者たちの支持を得やすい、ということを教えています』

創作小話『過度な一般化を行っていた科学素人とネットモヒカン族』

 そのモヒカン的論者は、『自分の個人的な体験談を一般化して語ってドヤ顔を披露する人々が集っているブログ』を見つけたので、さっそくdisを送ろうとしました。

 すると、そのブログの愛読者の中の一人が自分の立場を釈明しました。
 「この私は、科学の素人です」
 「自分の個人的な体験談を一般化して語ってドヤ顔を披露する行為が、科学的に駄目な行為だとは全く知りませんでした」

 「そういうわけですので、嬉々として過度な一般化に勤しんでいた他の人たちはともかく、素朴で悪気のない善良な科学素人である私に対しては、disを呈さないでください」

 それを聞いたモヒカン的論者は、頷いて言いました。
 「なるほど、あなたの釈明内容は確かに事実なのでしょう」
 「しかしながら、私が把握している事実は、自分の個人的な体験談を一般化して語ってドヤ顔を披露していた人々の中に、あなたも含まれていたということです」

 「ゆえに、あなたは他の人たちと一緒に吊るし上げの目に遭ってもらうしかないのです」

 【教訓】この話は、個人的な体験談を一般化して語ってドヤ顔を決めたあとで同情を願っても手遅れということを教えています。

創作小話『隣同士のニセ科学批判批判者』

 ニセ科学批判批判ブロガーであるAさんが、顔見知りのニセ科学批判批判ブロガーであるBさんに声を掛けました。
 「Bさんは、あいかわらず熱量のあるニセ科学批判批判を展開していますね」
 「そんなことでは、疲労が蓄積して明日にでも倒れてしまうでしょう」
 「私の芸風を採り入れなさい」
 「のんびりと安楽椅子に座って、ネットの画面にぼんやりと向かって、他人事のようにニセ科学問題をもっさりと語っていたほうが、楽で良いですよ」

 Bさんは断りました。
 「この私は、ブログを開設したときから現在に至るまで、私怨的なニセ科学批判批判の記事を書き続けてきた」
 「そして、自分一人の勝利を重ねてきた」
 「ゆえに、この立場を変更するか否かを検討する必然性は一つもない、という結論になる」

 その直後、Bさんのブログはネットモカンたちに発見されてしまい、経験したことのない数の批判コメントをもらって神経を消耗し、閉鎖に追い込まれました。

 【教訓】この話は、過去の成功したケースにこだわる気持ちが強すぎて芸風の変更が臨機応変にできないニセ科学批判批判者に聞かせてあげると良いでしょう。

創作小話『苛烈なニセ科学批判ブログのターゲットになったムラビト』

 ムラビト的な思考のAさんが、「たまには芸風を変えてみよう」と思い立ち、さっそく自ブログで【釣り】の記事を公開しました。
 「この宇宙のどこかに罵倒芸イオンは実在する…という説がある」

 「しかし世の科学者たちは、この説を批判するどころか、まったくの無視を徹している」
 「おそらく原因は、罵倒芸イオン実在説を積極的に批判することにより、世間の人々が、」
 『えっ、罵倒芸イオンって、主流の科学者たちが言及するほどの価値があるものなの?』

 「と誤解することを恐れているからだ」
 「そんな事態になる可能性はゼロなのに、主流の科学者たちはそろいもそろって臆病である」
 「……なあんちゃって」

 すると、ネットモヒカンたちが現れてマジレスを始めました。
 Aさんは慌てて釈明しました。「これは釣りの記事だって! 読者たちの気を引きたかっただけなんだって!」
 これを聞いたネットモヒカンたちは、なおさらマジ度を上げてレスました。

 ネットモヒカンたちの冷徹な攻勢に耐えかねたAさんは、自ブログを離れてネット上を走り、偶然見つけたブログに逃げ込みました。
 「やれやれ、やっと落ち着けた」
 しかしながら、そのブログには苛烈なニセ科学批判者が住んでいたのでした。

 苛烈なニセ科学批判者のターゲットとなり、科学的な間違いを修正されながらAさんは嘆きました。
 「なんて私は運が悪いんだ」
 「やっとネットモヒカンから逃げられたと思ったら、今度は苛烈なニセ科学批判者かよ」

教訓】この話は、目の前の厳しい批判から逃れようとすると、かえって疲弊する事態を招くという現実を明らかにしています。

創作小話『罵倒芸の論者と悪しき相対主義者』

 罵倒芸の論者と苛烈なニセ科学批判者の二人がネット上で議論していました。

 罵倒芸の論者:「科学的に間違ったブログ記事を発見した際は、ばかにしてあざ笑いして蔑む評を呈するのが一番だ」

 苛烈なニセ科学批判者:「ばかにしたからといって相手が科学的に間違ったブログ記事を取り下げるとは限らない」
 「ゆえに、逃げ道がないほど理詰めを行い、相手に、」
 『こんなやり取りを私は今後も続けたいか? 否だ』
 「と判断させて、自主的なブログ記事の削除を促すべき」

 相互理解に辿り着けない状況を見ていた悪しき相対主義者が、仲裁を申し出ました。
 「お二人のご主張は、相対的には同じです」
 「そのように結論する私は、一人で高みに立つ悟りの傍観者です」

 罵倒芸の論者は忌々しげに言いました。
 「悪しき相対主義者に仲裁されるくらいなら、このまま苛烈なニセ科学批判者とdisり合いを続けて共倒れしたほうがましだ」

 『教訓』この話は、議論の平行線が長く続いた場合、「自分の仲裁力で論争を上手く纏められる」という傍観者が途中で参加してくる現実を明らかにしています。

創作小話『空飛ぶスパゲッティ・モンスターに焦って願ったニセ科学批判批判者』

 自分のブログを開設したばかりのAさんは、豪語しました。
 「この私は、潜在能力がむっちゃ高い新人のニセ科学批判批判者なのだ!」
 「あっという間に、アルファブロガーに成れるのだ!」

 その後、あっという間どころか、いつまで経っても泡沫過疎ブロガーのままでした。
 焦ったAさんは、空飛ぶスパゲッティ・モンスターに願いました。
 「スパモンさま、今すぐに読者の数を増やしてくれるならば、ビールを瓶で捧げると約束します」

 すると、Aさんのブログにネットモヒカンたちが現れました。
 それを見たAさんは、空飛ぶスパゲッティ・モンスターに願いました。
 「スパモンさま、あの者たちを追い払ってくれるならば、ビールを樽で捧げると約束します」

 【教訓】このように、来訪者が少ないときは早く増えて欲しいと願い、来訪者が増えた時は早く減ってくれと願う状況がネット上では多々あるのです。

創作小話『連敗していた罵倒芸の論者と、空飛ぶスパゲッティ・モンスター』

 ネット上のdisり合いで連敗した罵倒芸の論者が、空飛ぶスパゲッティ・モンスターに向かって祈りました。
 「今すぐに、私を常勝の罵倒芸論者に変えてください」
 「ネット上をドヤ顔で歩ける罵倒芸の論者に、変えてください」

 すると、空飛ぶスパゲッティ・モンスターは大層な形相で言いました。
 「さあ、disの原稿に向かえ! 推敲を重ねろ! 自分で努力もしないで、私に常勝の罵倒芸を求めるな!」

 【教訓】この話は、自分で研鑽を積まず、ただ天に幸運を祈っているだけの日々ではdisり合いの常勝が叶わない、という現実を明らかにしています。