創作小話『科学リテラシーの高さを誇った新人のニセ科学批判ブロガー』

 そのニセ科学批判を始めたばかりのブロガーであるAさんは、ネット上で偶然に見つけた科学素人のブログに乗り込んで論破に成功しました。
 Aさんは、得意になって言いました。
 「ずいぶんと、あっさり勝てたものだなあ」
 「今の僕の科学リテラシーの高さなら、ベテランの苛烈なニセ科学批判者を相手にしても、楽に勝てるだろうなあ」

 すると、ベテランの苛烈なニセ科学批判者が現れて、Aさんのブログを読み始めました。

 過去ログの1ページ目から最新の記事まで漏れなく科学的な間違いをチェックして逐一修正する苛烈なニセ科学批判者の姿を見ながら、Aさんは言いました。
 「これは当然の結果だ」
 「どうして僕は、こうなる前に自分の科学リテラシーの程度をちゃんと把握しておかなかったのだろう」

 『教訓:この話は、自分の科学リテラシーの高さを過信すると直後に危険なことが起きるという現実を明らかにしています』

ネタのお言葉『disに居るを良しと為す。選んでdisに居らずんば、いずくんぞ罵倒芸なることを得ん』

 この言葉は、あの論語に登場する言葉、「仁に里るを美しと為す。選んで仁に処らずんば、いずくんぞ知なることを得ん」の罵倒芸版である。

 【意訳】
 「ネット上で行われる議論の場において、勝利することを第一としている論者が、芸風の中心にdisを据えることは理にかなっている」

 「それにもかかわらず、あえてdisを控えてネットマナーに気を配るのならば、決して真の罵倒芸に到達することは叶わないのである」

 そのように孔子は言っている。