創作小話『ニセ科学推進者によって破産に追い込まれた者』

 Aさんのブログに、ニセ科学推進者が現れて言いました。
 「このニセ科学製品は、万能です」
 「値段は高いですが、なにしろ万能ですので、費用対効果がすごいです」

 Aさんは、ニセ科学製品の万能性に感動して、大量に購入しました。
 その後もカモにされ続けたAさんは、破産しました。

 己の辿ったありさまを客観的に分析したAさんは、真実に気づき、怒りを抑えつつ、決意を表明しました。
 「ニセ科学製品につぎ込んだ銭は、高い勉強代だと思うことにした」
 「いまからぼくは、すべてのニセ科学をdisり倒すことに決めた」
 「このぼくは、ニセ科学が自分の全リソースを費やして憎むべき対象であることを、今日思い知ったんだ
 「ああそうだ、小さな科学的間違いも見逃さずに拾って修正してあげるよ……徹底的にね!」

 ある傍観者:「Aさん! 憎しみからは何も生まれないのよ! 批判的思考を頼りに、生き延びるの……」

 【教訓】このように、幸せな気持ちでニセ科学に接して日々を暮らし、しばらくして幻の幸せであることを悟って気落ちしたあとの人間は、ニセ科学批判の日々に希望を見いだすのです。

創作小話『だめなニセ科学批判批判を述べていた人と、空飛ぶスパゲッティ・モンスター』

 Aさんが、だめなニセ科学批判批判をブイブイ云わしながらネット上を歩いていました。
 モヒカン的な思考の論者が集まるログを見つけたAさんは、なんのためらいもなく訪れようとしました。

 それを見た空飛ぶスパゲッティ・モンスターは、Aさんを引きとめました。
 「これこれ、自分から吊るし上げの目に遭おうとしてはいかん」
 「そうなったならば、お前は自分の不注意が原因にもかかわらず、私に責任を転嫁するに決まっておる」

 【教訓】これは、自分の不用意な言動で読者たちからの批判が殺到したときに、「自分は悪くない、○○が悪いんだ」と言って、責任を他の物に託そうとするタイプの論者に聞かせてあげるお話です。

創作小話『良いニセ科学批判批判もしていたブロガーと、苛烈なニセ科学批判者』

 Aさんのブログが、苛烈なニセ科学批判者のターゲットになりました。
 Aさんは、自己弁護しました。
 「つい先日、私は良いニセ科学批判批判の記事を公開して、多くの読者から賞賛されました」
 「それなのに、あなたは私のブログにあるささいな科学的間違いを取り上げて、これでもかというほどの批判を展開しようとなさっています」
 「あんまりな仕打ちではありませんか?」

 苛烈なニセ科学批判者は答えました。
 「Aさんの言うことには、一理あります」
 「しかしながら、Aさんは長年にわたって、ダメなニセ科学批判批判を公開し続けていました」
 「その行為を、Aさんは恥じるどころか、誇ってさえいました」
 「このAさんの言動を鑑みるに、私が批判をやめる理由は一つもないという結論になります」

 【教訓】これは、「良いニセ科学批判批判は少しだけ、だめなニセ科学批判批判は量産する、それでも自分のことを良いニセ科学批判批判者だとアピールする」
 というタイプの論者に聞かせてあげるお話です。

創作小話『小物を名乗るブロガーと、苛烈なニセ科学批判者』

 苛烈なニセ科学批判者であるAさんが、Bさんのブログにニセ科学擁護の記事を見つけたので、批判しようとしました。

 Bさんは、「これしきのことで炎上させられてはかなわん」と思い、急いで釈明を始めました。
 「私が書いた記事には、批判する価値などありません」
 「なにしろ私は、ネットの片隅で細々と記事を公開している、ただの泡沫過疎ブロガーなのですから
 「しかも悪意はなく、無知ゆえにニセ科学を擁護したにすぎません」
 「ところで、この地球上には、銭もうけのためにニセ科学を声高に擁護して、大いに世間を騒がしている人たちが居ます」
 「ゆえに、私のような小物は無視して放置して、その大物たちの科学的な間違いを批判するべきという結論になります」
 「どのように思われますか、この釈明の仕方は」

 Aさんは答えました。
 「科学的な間違いを批判するときに、小物も大物もありません」
 「自分の観測範囲に入った科学的な間違いを、正しいものに直す。それだけのことです
 「なお、その大物とやらの科学的な間違いも、とっくに私は批判しています。あなたが知らないだけです」

 【教訓】これは、苛烈なニセ科学批判者の場合、対象の科学的な間違いの大小にこだわらず、
 とにかく発見したら直ちに批判を実行するという現実を教えています。

ネタのお言葉『ネット上の万里、批判的思考が絶ゆ』

 この言葉は、あの『磧中作』(せきちゅうのさく)のニセ科学批判版である。
 【意訳】
 ニセ科学に対抗する言論の束を積み上げていると、空飛ぶスパゲッティ・モンスターが居る天まで届きそうになる。

 ニセ科学擁護者と対話したログは、60日を消費する。

 今夜も相互理解に達することができず、いつもの感情的な非難をもらうにとどまった。
 いったい、どのタイミングでやり取りを終焉とすべきだったのだろうか。

 ネット上を見渡してみれば、科学的に駄目なデマがパノラマ状に埋め尽くしている。

 絶望に至る思いを抑え、批判的思考の大切さを説くコメントを投じると、もれなく人々から煙たがられて、
 「主観を根拠にした説を大事にしないコメントは、あっちにいけ」と吹き飛ばされてしまった。 
 【意訳、おわり】
 そのように岑参(しんじん)は砂漠を走りながら記している。

創作小話『新人のムラビト的論者と、ベテランのムラビト的論者たち』

 新人のムラビト的論者であるAさんが、なにげなくニセ科学擁護の記事を書きました。

 モヒカン的論者に発見されてツッコミをもらったAさんは、初めてのプチ炎上に動揺し、わめきました。
 ファミコンゲームの『シャドウゲイト』に登場する「しんのゆうしゃ」風に、わめきました。
 「ぎゃあああ!? で、でたあ!? ネットモヒカン族だあ!?」
 「うげえ!? とてつもなく、冷徹なやつらだあ!?」
 「どうしたらいい!? どうしたら、ROMに帰ってくれるんだあ!?」

 それを見たベテランのムラビト的論者たちは、感想を述べました。
 「やれやれ、少しツッコミをもらっただけで、そんなにあわてふためくとはね」
 「何十年にもわたってモヒカン的論者から修正され続けている私たちの立場と同じになったら、いったいどうするつもりなんだい」

 【教訓】これは、ネット上の議論で他人から初めてツッコミをもらって、必要以上に気落ちしている新人の論者を励ますための、たとえ話です。

ネタのお言葉『人に授けるにdisをもってするは、disり方をもってするにしかず』

 この言葉は、あの『人に授けるに魚を以ってするは、漁を以ってするに如かず』の罵倒芸版である。
 【意訳】
 罵倒芸のバリエーションが貧しい人にdisの文章を与えれば、その人は一日はdisの発表に困らない。

 しかし、disの文章の作り方を教えれば、その人は一生のあいだdisの発表に困らない。

 罵倒芸の論者がネット上で生き抜くために必要なものは、disそのものではなく、disの技である。
 【意訳、おわり】
 そのように老子は言っている。

ネタのお言葉『ニセ科学擁護者との議論、九たびループして嘆く』

 この言葉は、あの『再下第』(ふたたびかだいす)のニセ科学批判版である。
 【意訳】
 ネット上で知り合ったニセ科学擁護者と対話して、説得を試みる。
 話は錯綜して、九回も同じやり取りを繰り返すはめとなる。

 相互理解を達成するという、当初の夢は微塵と消え去って、一文字も科学を分かってもらえず。

 再び気力を高めて対話を続けるも、ログが長大に伸びるのみ。

 むなしい時間を過ごしたと悔やみつつ、
 「ヒャッハー、だから説得なんて無駄だと言っておいただろ、この素人め」
 とモヒカンどもが騒いでいる、「はてなブックマーク」を見つめる。

 【意訳、おわり】
 そのように孟郊(もうこう)は自身の初ニセ科学批判を記している。

創作小話『悪しき相対主義者とニセ科学批判批判者の申し出を断ったブロガー』

 その悪しき相対主義者とニセ科学批判批判者の二人は、なにかを成し遂げて世間に名を広く知らしめたいと考えました。

 そこで、科学リテラシーの低そうなムラビト的ブロガーのところに行って、自分たちの賢さをアピールしました。
 「私たちは、よそで行われているニセ科学問題の議論に横からいっちょ噛みして、常に完全勝利を収めてきた者です」
 「ゆえにこれからは、ニセ科学的な商品を売りつけてくる口のうまい詐欺師から、あなたを守ってあげます」
 「私たちの熱烈な支持者となって、ブログ上で私たちの名を広く宣伝してください」

 ムラビト的ブロガーは、そっけない口ぶりで言いました。
 「お断りします」
 「わざわざあなた方を頼らなくても、世のニセ科学批判者たちがとっくに詐欺師と対峙しています」

 【教訓】これは、「論者としての信頼を地道に築きあげる作業なんて面倒です」というスタンスの人に聞かせてあげるお話です。

ネタのお言葉『夫子、どのブログにも訪れるや、必ずdisり方を聞かれる。disの地位を求めたるか、それともdisの地位を与えてもらうか』

 この言葉は、論語の『夫子是の国に至るや、必ずその政を聞く。之を求めたるか、そもそも之を与えたるか』の罵倒芸版である。
 【意訳
 子禽(しきん)が、子貢(しこう)に問いました。
 「孔先生は、どこのdisブログに行っても、必ず管理人や常連の読者から、disの心得について質問を受けています」
 「これは、孔先生が罵倒芸のご意見番として、ご自身を売り込もうとしているのでしょうか」
 「それとも、先方が孔先生の罵倒芸を望んでいるのでしょうか」

 子貢は答えました。
 「孔先生は、内面に秘めたdisがネットの画面上に自然と表れているので、どこのdisブログに行っても、disの重鎮として扱われるのです」
 「それに、孔先生が認められようと求めてネット上を遊説している理由は、真のdisブログ運営を多くの人に知ってもらいたいからであり、」
 「普通の罵倒芸論者のように、自分の名をネット上に広く知らしめようとしているわけではないのです」
 【意訳、終わり
 そのように子貢は分析していた。