創作小話『疫学は酸っぱいと言ったキツネ』

 空腹のキツネが、『疫学の木』を見つけました。
 その実をキツネは取ろうとしましたが、どうしても前足が届きません。

 あきらめたキツネは、くやしまぎれに言いました。
 「あの疫学の実は、酸っぱくて不味いにちがいない」
 「あんなものを身に入れなくても、ぼくは専門家と対等に議論できる気力を十分にもっているのさ」

 【教訓】この話は、疫学の知識を持ったニセ科学批判者に議論をふっかけて返り討ちにあっても認めず、
 「疫学の見地で医療を語るのはだめ、素人の直感こそ頼りになる、なぜならば、疫学素人の僕がそのように直感しているから」
 という論理で開き直る人に聞かせてあげるとよいでしょう。
 
もちろん次のタイプの人に聞かせてもよいです。
 「自分が考えることは常に正しい、自分がネット上で公開する発言も常に正しい、そんな自分に反論してくる人たちはみんな的外れという理屈になる」

ネタのお言葉『一人書く、有効な対抗言論のログ』

 この言葉は、あの『竹里館』(ちくりかん)のニセ科学批判版である。
 【意訳】
 閑古鳥が鳴くブログの真ん中に一人で座り、ニセ科学に批判的な記事を静かに書く。

 たまにニセ科学批判批判者が現れて、私の記事を嘲笑し、「ぼくの勝ちだ!」と断言して、消え去る。

 その優越をことさらにアピールする心理について、相互理解の議論をよしとする私は知ることができない。

 また一人きりとなり、メインの記事を詰めにかかる。
 「インスピレーションが来たってばよ」となるまで、いつまでも原稿を相手ににらめっこする。
 【意訳、おわり】
 そのように王維は竹里館で過ごしていた。

ネタのお言葉『ROMが問う、なんの利ありてモヒカンのログに住むのかと』

 この言葉は、あの『山中問答』(さんちゅうもんどう)のニセ科学批判版である。
 【意訳】
 ムラビト的な読者たちが、私に質問した。
 「あなたは、モヒカン的な論者が集うブログを何度も訪れて議論していますが、平気なのですか」
 「いつ狩られるか、わかったものではありませんよ」

 私は、笑うばかりで質問に答えない。

 その心は、どこまでも科学リテラシーで満たされている。
 モヒカンに狩られる心配など、用済みとばかり、とっくに過去へ流している。

 ああそうだ。
 ニセ科学が蔓延ることのない、モヒカンだけがうろうろしているあのブログこそ、私の最終天地なのだ。
 【意訳、おわり】
 そのように李白は表明していた。

創作小話『科学リテラシーを研鑽していたイノシシとキツネ』

 イノシシが、科学に関する教科書を山ほど読んでいました。
 「自分の科学リテラシーを、どんどんレベルアップするのです」

 それを見たキツネは、不思議に思って問いました。
 「いまのところ、モヒカン的な論者から狩られる心配はないのに、どうして科学知識を詰め込むのですか」
 「そんな作業で時間を消費するよりも、」
 「狭い書斎の真ん中に安楽椅子を置いて、ネットの画面に向かって好きに放言して、ドヤ顔を決めて寝る日々が、楽でいいですよ」

 イノシシは答えました。
 「たしかに、いまは平穏無事の生活だけれど、明日も同じとは限りません」
 「それに、脅威はモヒカン的な論者だけではありません」
 「私の懐の銭を目的として話かけてくるニセ科学推進者も、警戒しておくべきです」

 【教訓】これは、いつの日にか面倒な目にあって疲弊する事態を想定し、読書の時間があるうちに科学リテラシーを高めておけば安心感が増すという話です。

ネタのお言葉『ニセ科学へのツッコミ、全身で入れたる日頃』

 この言葉は、あの「清夜吟」(せいやのぎん) のニセ科学批判版である。
 【意訳】
 ニセ科学批判者たちが、いたって怪しい説に向かって、全神経を使って毎日のようにツッコミを入れていた。

 ガゼな説たちは、それでも社会の水面下に浸透していった。
 一般の人たちは、ニセ科学問題の意味を、精一杯も知らない。

 と思いきや、一人の通りすがりのニセ科学信奉者が、
 ニセ科学批判者の過去ログを「はっ!?」として振り返り、科学的な思考を身につけた。

 「ほとんどの人には、読まれもしないだろうけれど」
 と悲観しながらネット上の片隅に置いた対抗言論は、稀にでも成果を出したのだ。

 【意訳、おわり】
 そのように邵雍(しょうよう)はネット上のニセ科学批判を眺めていた。

創作小話『アリとキリギリスとニセ科学批判批判的なエサ』

 夏のあいだ、キリギリスは好きほうだいに【ニセ科学批判批判的なエサ】を消費していました。
 アリは、【ニセ科学批判批判的なエサ】を地道に蓄えていました。

 冬が来て、キリギリスは【ニセ科学批判批判的なエサ】を消費しつくして、ひんしの状態になりました。

 キリギリスは、アリに【ニセ科学批判批判的なエサ】を分けてほしいと頼みました。
 アリは、アドバイスしました。
 「夏に【ニセ科学批判批判的なエサ】を消費していたのならば、冬は【ダメなニセ科学批判批判的なエサ】を消費すればよい」
 「そのエサならば、山ほど見つけることができる」

 キリギリスは、「さすがの私でも、それは消費できない」と言って断りました。

 意識が遠くなりながら、キリギリスは言いました。「これでいい、私は太く短く生きることを、自ら選択したのだから」

 すべてを見ていた空飛ぶスパゲッティ・モンスターは、キリギリスを哀れに思い、ちからつきた場所に墓標を建ててあげました。

 《ニセ科学批判批判的なエサを無計画に消費したキリギリス、ここに眠る》

 【教訓】これは、ニセ科学問題の予備知識を十分に蓄えたうえでニセ科学批判批判を放ってあげましょうという話です。

ネタのお言葉『古来、NATROMのブログに論戦し、幾人が勝って帰ったか』

 この言葉は、あの涼州詞(りょうしゅうし)のニセ科学批判版である。
 【意訳】
 ツイッター上でダメなニセ科学批判批判をぶっている人の姿を、夜間のネットサーチで拝見した。
 ツッコミを五万と入れられようとも、のほほんとしてビクともせず、過剰の自信顔を寄越している。

 おのれに酔いしれすぎて、砂上の楼閣のようなツイートを増やしているが、
 どうか読者たちは哀れに思うにとどめて、次のようなリアクションは採らないでほしい。

 『北斗の拳』のモヒカン風の、読者:
 「ヒャッハハ! 見ろ、疫学の教科書を一冊も読まないで、NATROMに挑んで返り討ちにあって、」
 「その現実を素直に認めることもできず、必死で勝った振りをしている論者の姿をよ~!!」
 他の読者:「ゲラゲラ」

 NATROMのブログが開設された過去から現在まで、乗り込んで意見をぶつけあって、
 NATROM氏と相互理解に至ったニセ科学批判批判者は、どのくらい居たのだろうか。
 【意訳、おわり】
 そのように王翰(おうかん)はネット上を眺めていた。

創作小話『ブログを見せ合ったロバとキツネとライオン』

 ロバとキツネとライオンが、自ブログを見せ合いました。

 ロバは、ライオンに向かって言いました。
 「私のブログには、科学的に間違っている記事など、ひとつもありませんよ」
 「善意のデマを無邪気に拡散する、そんじょそこらの科学リテラシーの低い一般ブロガーたちとは、格が違うのですから」

 それを聞いたライオンは、ロバのブログの過去記事をすべて読みました。
 科学的に少し間違っている記事を、ひとつ発見しました。
 ライオンは大いに怒り、ロバのブログを散々に叩いて閉鎖に追い込みました。

 ロバ:「え? はへ? ちょ、ちょっと待ってくださいよ、ほんの小さな間違いにすぎないじゃないですかって……りりり、りふじんなぁ!」

 今度はキツネの番になりました。
 キツネは、ライオンに向かって言いました。
 「ぼくのブログには、科学的に間違っている記事が山ほどあります、どうぞご鑑賞ください」

 ライオンは、感心しました。
 「その素直な応対、どのようにして覚えたのか?」

 キツネは答えました。「はい、ロバくんの消え方からです」

 【教訓】この話は、自分の科学的間違いをはやめに認めると相互理解に至るスピードもはやくなるということを教えています。

ネタのお言葉『disを行いて余力あらば、すなわち過去のdis文を学べ』

 この言葉は、論語の「行いて余力あらば、則ち以て文を学べ」の罵倒芸版である。
 【意訳
 真の罵倒芸を探求する者として、自ブログにあっては規律をよく守り、他所の議論の場にあっては、格上の論者のdisをよく聞き、率直なdisで答えてあげ、聴衆の関心を引くことに注力し、渾身のdisを公開しましょう。

 つまらないdisしか見せない論者との付き合いを避け、「仙人の域に達しているdisり方だ!?」という論者を見つけたときは、積極的にdisを交わしましょう。

 これらの行動を実践してなお時間が余るならば、ネット上に数多あるdisの過去ログを読み込みましょう。
 先人が残したdisの文章を知ることにより、自分のdisの至らぬところを認識し、よりレベルの高いdisを書けるようになります。
 【ドラクエ風のレベルアップ】
 「てけてけ、てってってー♪……disの能力が、1モル増えた」

 とにもかくにも、罵倒芸の論者としての立ち位置を確かなものにしましょう。
 かっこうをつけるのは、そのあとです。
 自分の立ち位置がふらっふらな状態でかっこうをつけても、聴衆はお見通しなのです。
 【北斗の拳に登場するモヒカンさん風の、聴衆】
 「ヒャッハッハ、張子のdisだぁ!」
 「ふっふっふ、ブレまくっている主張が見つかったようだな……俺たちの好物が、見つかったあっ!」
 「自分を大きく飾っている論者を見たあとは、抗弁がしたくなる!」
 【意訳、おわり
 このように孔子は弟子を諭していた。

「もしも罵倒芸の論者が、『Ζガンダム』のカミーユさんのセリフを間違って覚えていたら」と考えました

 カミーユ:「後釣り宣言します!」

 カミーユ:「先に後釣り宣言したのは、そちらでしょ!」

 カミーユ:「見つけた。あいつだ……。さっき僕をdisった、ネットモヒカン族だ!」

 カミーユ:「そこの、ネットモヒカン族! 一方的に批判を聞かされる耳の痛さとウザさを、教えてやろうか!」

 カミーユ:「そこの自称中立の傍観者、うるさい!」

 カミーユ:「出てこなければ、disられなかったのに!」

 カミーユ:「歯を食いしばれ! そんな悪しき相対主義、修正してやる!」

 カミーユ:「あなたが……。あなたが、そんな駄目なdisを見せるから、支持者が離れたんだ!」

 カミーユ:「無駄なdisり合いを、また僕にさせる!」

 カミーユ:「こんな一方的なdisり合いは、卑怯だ!」

 カミーユ:「前後の見境なく、僕に人格攻撃をさせるなんて!」

 カミーユ:「気にしていませんよ、読者たちの評価なんて。気にしていたら、罵倒芸の論者なんてやってらんないでしょ? ウフフ……」

 クワトロ:「鉢植えのサボテンが、disの花をつけている」