創作小話『強固なニセ科学擁護者と新人のニセ科学批判者』

 その新人のニセ科学批判者であるAさんは、強固なニセ科学擁護者を優しく粘り強く、
 遠まわしに間違いを指摘して、自覚的な正解に導いてあげようと頑張っていました。

 長い対話の末に疲弊したAさんは、「私の能力では、説得は不可能だ」と判断しました。
 対話を打ち切ったあとのAさんは、満足な気持ちが出てきました。
 「あのニセ科学擁護者の主張のダメな部分を、聴衆に対して明らかにできた、これも立派な成果だ」

 しかしながら、なにか納得できない自分が居たので、天に向かって言いました。
 「空飛ぶスパゲッティ・モンスターよ、あなたは理不尽な御方だ」
 「私が頑張って対話を続けていたときは失望感を与え、」
 「対話を中止したとたんに満足感を与えるとは」

 【教訓】これは、強固なニセ科学擁護者との対話は早めに終わらせると失望感が比較的すくなくて済むというお話です。

創作小話『苛烈なニセ科学批判ブログにわくわくしたムラビト的論者』

 ムラビト的な論者のAさんは、苛烈なニセ科学批判ブログを初めて見つけて、わくわくしました。
 「見たことのない専門用語がたくさん並んでいて、かっこいいブログだな!」

 しかしながら、読み終えたあとのAさんは、がっかりして言いました。
 「なんだこのブログ、主観を根拠にした記事が、ひとつもないじゃないか……」
 「こんな客観的な記述しか置いてないブログは、ぼくにとっては価値がゼロ以下だよ!」

 【教訓】これは、「私が支持しているニセ科学的な説って、あまりに耳当たりのよいことを多く主張しているような?」と気づき始めた人に読んでほしいお話です。

創作小話『ムラビト的なカエルとモヒカン的なキツネ』

 ムラビト的なカエルが主張しました。
 「いまからぼくは、他人が唱えるデマな説を、容赦なく修正してみせるぞ!」
 「このぼくは、ネット上で一番の実力を持った、ものすごいニセ科学批判者なんだぞ!」
 「その根拠は、ぼく一人の主観だぞ!」

 それを聞いたモヒカン的なキツネは、疑問を呈しました。
 「本当に君が、他人の間違った説を容赦なく修正できるのかい」
 「自分の主張の吟味もできていない現状なのに」

 【教訓】これは、『実力は不足している』『でも自信は過剰にある』という人に丁度よいお話です。

創作小話『凍りついたニセ医療的な石を暖めた者』

 その主人公であるAさんは、雪山で凍りついているニセ医療的な石を発見しました。
 かわいそうに思ったAさんは、ニセ医療的な石を懐に入れてあげました。
 「こうすれば、この石も暖かい思いをするだろう」
 すると、Aさんの懐で暖かくなったニセ医療的な石は、魔の力を発揮して、Aさんの持っている銭をすべて吸い込みました。

 破産宣告を済ませたAさんは、自分探しの旅に出ました。
 数日後、Aさんは人里から離れた崖の上に辿りつきました。
 Aさんは、過去を振り返りました。
 「あのとき、どうして私は、ニセ医療的な石を暖めてしまったのだろうか」
 「だが、もうおそい。それを考えても、現状は何も変わらない」
 「私の人生の旅は、ここで終わりなのだから」

 言い終えたAさんは、空中に身を委ねました。

 【教訓】これは、ニセ医療は他人の懐を寒くしながら自分の懐を暖めるというお話です。

創作小話『悪しき相対主義者に抗議したムラビト的ブロガー』

 初めて悪しき相対主義者からコメントをもらったムラビト的ブロガーは、耐えかねたように言いました。
 「私が公開した『科学的に間違っている記事』について、」
 「なにがどう間違っているかを具体的に説明してくださるか、あるいは、」
 「ああダメな記事ですねと一言で終わるか、どちらかにしてください」

 「とにかくあなたのコメントは、あいまいで抽象的で、話があっちにとんだり、こっちにとんだりして、」
 「ようやくたどり着いた結論も何を言っているのか、ひとつもわかりません」

 【教訓】この話は、「問題を解決してみせましょう」と現れたあとで要領の得ない演説を延々とぶってくるタイプの論者に聞かせてあげるとよいでしょう。

創作小話『文学的に間違っていたブロガーと、科学的な見地の批判を送った読者』

 その文学的に間違いがある記事を書いて公開したブロガーは、次のようなコメントをもらいました。
 「あなたの記事は、科学的に間違っている部分が、多大にあります」
 「ニセ科学の強固な支持者だと思われないよう、いまのうちに訂正しておいたほうがいいでしょう」
 「そうすれば、ブロガーとしての信頼も、これ以上は朽ち果てないで済みます」

 なにかがおかしいと思ったブロガーが問い質すと、投稿者は次のように釈明しました。
 「すみません、じつは他所のブログで、比嘉氏のEM菌を好意的に紹介する記事を公開して、ドヤ顔で締めくくっているブロガーが居たのです」
 「しかもそのブロガーは、」
 『なぜにぼくは、比嘉氏のEM菌を自ブログで好意的に紹介したのでしょうか!? その真実は、近日に公開します!!』
 「と宣言したのち、いっこうに真実を明らかにしないのです」

 「それを見た私は、諌めのコメントを送ろうとしたところ、間違ってあなたさまのブログに投稿してしまったのです」
 「ちなみに私の机の上には、次の2つの投稿ボタンを、並べて設置しています」

 【科学的に間違っている記事を公開したブログを批判する、投稿ボタン】
 【文学的に間違っている記事を公開したブログを批判する、投稿ボタン】

 「この2つの投稿ボタンのうち、今回は押すべきでないほうを、間違って押してしまったのでした」

 【教訓】このように、あきらかに的を外しているネガティブコメントを読者からもらった際は、その背景と事情をよく問い質してあげましょう。
 なんの悪意もなくネガテイブコメントを送った場合があります。
 なんの悪意もなくネガテイブコメントを送った場合があります。

創作小話『壊れかけのブログ跡を見つけたムラビト的論者たち』

 ムラビト的な論者が集うブログで、一人の読者が報告しました。
 「今日の朝、私はニセ科学批判者が過去に運営していて、いまは壊れかけているブログ跡を、偶然に見つけました」
 「私は、なんとなく不安な気持ちになりました」

 それを聞いた他の読者たちも、不安になりました。
 「そんなものを朝一番で見るなんて、なにかよくないことが起きる予兆だよ」
 「たとえば私たちのブログが、まもなくネットモヒカン族によってサーチアンドデストロイされるとか」

 すると、そこそこモヒカン的な思考ができる読者が現れて言いました。
 「ええと、朝一番にニセ科学批判者の壊れかけのブログ跡を見た、ゆえに、まもなく我々によくないことがに起きる……これって、おかしな流れの考え方ではありませんか?」

 「というのも、朝一番にニセ科学批判者の壊れかけのブログ跡を見ようが見まいが、」
 「ネットモヒカン族によってサーチアンドデストロイされるという危険性は、我々にとって常に存在するのですから」

 【教訓】この話は、変な前提で不吉な結論を出した時ほど本当によくないことが起きやすくなることを明らかにしています。

ネタのお言葉『正当科学、こんこんと叩かれるdisの雨』

 この言葉は、あの「夜雨江館写懐」(やうこうかんおもいをうつす)の、ニセ科学批判版である。
 【意訳】
 わくわくな気持ちでネットサーチを実行した瞬間、デマな説がモニターの隅々まで巡る。

 その有り様に憂いを抱くも、ニセ科学の蔓延は避けがたく、悶々とするだけで、解決法はひとつも閃かない。

 なにしろ、正当な科学を少しでも述べると、罵詈雑言が雨の如く降り注いでくる始末なのだから。

 かくなるうえは、ネットの果ての梅林に身を隠し、空飛ぶスパゲッティ・モンスターと顔を合わせ、
 世俗の不明を供に嘆くという、懇談の日々を送るしかない。
 【意訳、終わり】
 そのように高啓は言っていた。

創作小話『間違って2つの的外れなニセ科学批判批判を見せた者』

 ニセ科学批判者のブログに、的外れなニセ科学批判批判のコメントが2つ送られてきました。

 ニセ科学批判者が問い質すと、投稿者は釈明しました。
 「すみません、本当はブログ主さまのニセ科学批判に感激して、賞賛のコメントを送ろうとしたのです」

 「ところが、コメントの原稿を仕上げた際に、間違って的外れなニセ科学批判批判の文章を書いてしまったのです」

 「それを書き直そうとしたところ、間違ってコメント送信ボタンを押してしまったのです」

 「あわてて訂正のコメントを送ろうとしたところ、間違って被せの的外れなニセ科学批判批判を送信したのでした」

 【教訓】この話は、的外れなニセ科学批判批判を見かけた際に、これは間違って作られたコメントかも知れない、本人の真の考えとは違うコメントかも知れないと懐疑すべきことを教えています。

 ちなみにこの話では、ブログ主が質問した際に投稿者から真実を語るコメントが送られてきましたが、
 実際のネット上では、間違って3つめ4つめの的外れなニセ科学批判批判が送られてくる可能性がありますので、注意してください。

創作小話『モヒカン的なネコに困っていた、ムラビト的なネズミたち』

 そのムラビト的なネズミが集まるブログは、モヒカン的なネコからの徹底的な修正を受けて、疲弊しました。

 モヒカン的なネコが去ったあと、ネズミは会議を行いました。
 「あのモヒカン的なネコが、また修正に来たらどうしよう?」
 「私たちが練りに練った主観を根拠にしたコメントを公開しても、モヒカン的なネコは客観的な事実を重視するコメントを、普通に返してくるし」

 すると、一匹のネズミが案を出しました。
 「あのモヒカン的なネコの首に、鈴をつけよう」
 「その鈴の音が聞こえてきたら、すぐにブログをプライベートモードに切り替えるんだ」
 「この方法ならば、修正される心配が一切なくなって、安泰のネット生活が送れるよ」

 みんなは名案だと思いましたが、あの手強いモヒカン的なネコの首に誰が鈴をつけるかで長い議論となり、
 案を出した当のネズミも、
 「このぼくは、『ブレインストーミング』を試しただけ。ぼく自身が案を実行するかどうかは、別問題」
 と言うばかりで、結局この案はボツになりました。

 【教訓】この話は、実現不可能な案を出して皆を惑わすくらいならば、何も言わないでいるほうがマシということを教えています。