ネタのお言葉『正当科学、こんこんと叩かれるdisの雨』

 この言葉は、あの「夜雨江館写懐」(やうこうかんおもいをうつす)の、ニセ科学批判版である。
 【意訳】
 わくわくな気持ちでネットサーチを実行した瞬間、デマな説がモニターの隅々まで巡る。

 その有り様に憂いを抱くも、ニセ科学の蔓延は避けがたく、悶々とするだけで、解決法はひとつも閃かない。

 なにしろ、正当な科学を少しでも述べると、罵詈雑言が雨の如く降り注いでくる始末なのだから。

 かくなるうえは、ネットの果ての梅林に身を隠し、空飛ぶスパゲッティ・モンスターと顔を合わせ、
 世俗の不明を供に嘆くという、懇談の日々を送るしかない。
 【意訳、終わり】
 そのように高啓は言っていた。

創作小話『間違って2つの的外れなニセ科学批判批判を見せた者』

 ニセ科学批判者のブログに、的外れなニセ科学批判批判のコメントが2つ送られてきました。

 ニセ科学批判者が問い質すと、投稿者は釈明しました。
 「すみません、本当はブログ主さまのニセ科学批判に感激して、賞賛のコメントを送ろうとしたのです」

 「ところが、コメントの原稿を仕上げた際に、間違って的外れなニセ科学批判批判の文章を書いてしまったのです」

 「それを書き直そうとしたところ、間違ってコメント送信ボタンを押してしまったのです」

 「あわてて訂正のコメントを送ろうとしたところ、間違って被せの的外れなニセ科学批判批判を送信したのでした」

 【教訓】この話は、的外れなニセ科学批判批判を見かけた際に、これは間違って作られたコメントかも知れない、本人の真の考えとは違うコメントかも知れないと懐疑すべきことを教えています。

 ちなみにこの話では、ブログ主が質問した際に投稿者から真実を語るコメントが送られてきましたが、
 実際のネット上では、間違って3つめ4つめの的外れなニセ科学批判批判が送られてくる可能性がありますので、注意してください。

創作小話『モヒカン的なネコに困っていた、ムラビト的なネズミたち』

 そのムラビト的なネズミが集まるブログは、モヒカン的なネコからの徹底的な修正を受けて、疲弊しました。

 モヒカン的なネコが去ったあと、ネズミは会議を行いました。
 「あのモヒカン的なネコが、また修正に来たらどうしよう?」
 「私たちが練りに練った主観を根拠にしたコメントを公開しても、モヒカン的なネコは客観的な事実を重視するコメントを、普通に返してくるし」

 すると、一匹のネズミが案を出しました。
 「あのモヒカン的なネコの首に、鈴をつけよう」
 「その鈴の音が聞こえてきたら、すぐにブログをプライベートモードに切り替えるんだ」
 「この方法ならば、修正される心配が一切なくなって、安泰のネット生活が送れるよ」

 みんなは名案だと思いましたが、あの手強いモヒカン的なネコの首に誰が鈴をつけるかで長い議論となり、
 案を出した当のネズミも、
 「このぼくは、『ブレインストーミング』を試しただけ。ぼく自身が案を実行するかどうかは、別問題」
 と言うばかりで、結局この案はボツになりました。

 【教訓】この話は、実現不可能な案を出して皆を惑わすくらいならば、何も言わないでいるほうがマシということを教えています。