創作小話『凍りついたニセ医療的な石を暖めた者』

 その主人公であるAさんは、雪山で凍りついているニセ医療的な石を発見しました。
 かわいそうに思ったAさんは、ニセ医療的な石を懐に入れてあげました。
 「こうすれば、この石も暖かい思いをするだろう」
 すると、Aさんの懐で暖かくなったニセ医療的な石は、魔の力を発揮して、Aさんの持っている銭をすべて吸い込みました。

 破産宣告を済ませたAさんは、自分探しの旅に出ました。
 数日後、Aさんは人里から離れた崖の上に辿りつきました。
 Aさんは、過去を振り返りました。
 「あのとき、どうして私は、ニセ医療的な石を暖めてしまったのだろうか」
 「だが、もうおそい。それを考えても、現状は何も変わらない」
 「私の人生の旅は、ここで終わりなのだから」

 言い終えたAさんは、空中に身を委ねました。

 【教訓】これは、ニセ医療は他人の懐を寒くしながら自分の懐を暖めるというお話です。

創作小話『悪しき相対主義者に抗議したムラビト的ブロガー』

 初めて悪しき相対主義者からコメントをもらったムラビト的ブロガーは、耐えかねたように言いました。
 「私が公開した『科学的に間違っている記事』について、」
 「なにがどう間違っているかを具体的に説明してくださるか、あるいは、」
 「ああダメな記事ですねと一言で終わるか、どちらかにしてください」

 「とにかくあなたのコメントは、あいまいで抽象的で、話があっちにとんだり、こっちにとんだりして、」
 「ようやくたどり着いた結論も何を言っているのか、ひとつもわかりません」

 【教訓】この話は、「問題を解決してみせましょう」と現れたあとで要領の得ない演説を延々とぶってくるタイプの論者に聞かせてあげるとよいでしょう。

創作小話『文学的に間違っていたブロガーと、科学的な見地の批判を送った読者』

 その文学的に間違いがある記事を書いて公開したブロガーは、次のようなコメントをもらいました。
 「あなたの記事は、科学的に間違っている部分が、多大にあります」
 「ニセ科学の強固な支持者だと思われないよう、いまのうちに訂正しておいたほうがいいでしょう」
 「そうすれば、ブロガーとしての信頼も、これ以上は朽ち果てないで済みます」

 なにかがおかしいと思ったブロガーが問い質すと、投稿者は次のように釈明しました。
 「すみません、じつは他所のブログで、比嘉氏のEM菌を好意的に紹介する記事を公開して、ドヤ顔で締めくくっているブロガーが居たのです」
 「しかもそのブロガーは、」
 『なぜにぼくは、比嘉氏のEM菌を自ブログで好意的に紹介したのでしょうか!? その真実は、近日に公開します!!』
 「と宣言したのち、いっこうに真実を明らかにしないのです」

 「それを見た私は、諌めのコメントを送ろうとしたところ、間違ってあなたさまのブログに投稿してしまったのです」
 「ちなみに私の机の上には、次の2つの投稿ボタンを、並べて設置しています」

 【科学的に間違っている記事を公開したブログを批判する、投稿ボタン】
 【文学的に間違っている記事を公開したブログを批判する、投稿ボタン】

 「この2つの投稿ボタンのうち、今回は押すべきでないほうを、間違って押してしまったのでした」

 【教訓】このように、あきらかに的を外しているネガティブコメントを読者からもらった際は、その背景と事情をよく問い質してあげましょう。
 なんの悪意もなくネガテイブコメントを送った場合があります。
 なんの悪意もなくネガテイブコメントを送った場合があります。