ネタのお言葉『ニセ科学へのツッコミ、全身で入れたる日頃』

 この言葉は、あの「清夜吟」(せいやのぎん) のニセ科学批判版である。
 【意訳】
 ニセ科学批判者たちが、いたって怪しい説に向かって、全神経を使って毎日のようにツッコミを入れていた。

 ガゼな説たちは、それでも社会の水面下に浸透していった。
 一般の人たちは、ニセ科学問題の意味を、精一杯も知らない。

 と思いきや、一人の通りすがりのニセ科学信奉者が、
 ニセ科学批判者の過去ログを「はっ!?」として振り返り、科学的な思考を身につけた。

 「ほとんどの人には、読まれもしないだろうけれど」
 と悲観しながらネット上の片隅に置いた対抗言論は、稀にでも成果を出したのだ。

 【意訳、おわり】
 そのように邵雍(しょうよう)はネット上のニセ科学批判を眺めていた。

創作小話『アリとキリギリスとニセ科学批判批判的なエサ』

 夏のあいだ、キリギリスは好きほうだいに【ニセ科学批判批判的なエサ】を消費していました。
 アリは、【ニセ科学批判批判的なエサ】を地道に蓄えていました。

 冬が来て、キリギリスは【ニセ科学批判批判的なエサ】を消費しつくして、ひんしの状態になりました。

 キリギリスは、アリに【ニセ科学批判批判的なエサ】を分けてほしいと頼みました。
 アリは、アドバイスしました。
 「夏に【ニセ科学批判批判的なエサ】を消費していたのならば、冬は【ダメなニセ科学批判批判的なエサ】を消費すればよい」
 「そのエサならば、山ほど見つけることができる」

 キリギリスは、「さすがの私でも、それは消費できない」と言って断りました。

 意識が遠くなりながら、キリギリスは言いました。「これでいい、私は太く短く生きることを、自ら選択したのだから」

 すべてを見ていた空飛ぶスパゲッティ・モンスターは、キリギリスを哀れに思い、ちからつきた場所に墓標を建ててあげました。

 《ニセ科学批判批判的なエサを無計画に消費したキリギリス、ここに眠る》

 【教訓】これは、ニセ科学問題の予備知識を十分に蓄えたうえでニセ科学批判批判を放ってあげましょうという話です。

ネタのお言葉『古来、NATROMのブログに論戦し、幾人が勝って帰ったか』

 この言葉は、あの涼州詞(りょうしゅうし)のニセ科学批判版である。
 【意訳】
 ツイッター上でダメなニセ科学批判批判をぶっている人の姿を、夜間のネットサーチで拝見した。
 ツッコミを五万と入れられようとも、のほほんとしてビクともせず、過剰の自信顔を寄越している。

 おのれに酔いしれすぎて、砂上の楼閣のようなツイートを増やしているが、
 どうか読者たちは哀れに思うにとどめて、次のようなリアクションは採らないでほしい。

 『北斗の拳』のモヒカン風の、読者:
 「ヒャッハハ! 見ろ、疫学の教科書を一冊も読まないで、NATROMに挑んで返り討ちにあって、」
 「その現実を素直に認めることもできず、必死で勝った振りをしている論者の姿をよ~!!」
 他の読者:「ゲラゲラ」

 NATROMのブログが開設された過去から現在まで、乗り込んで意見をぶつけあって、
 NATROM氏と相互理解に至ったニセ科学批判批判者は、どのくらい居たのだろうか。
 【意訳、おわり】
 そのように王翰(おうかん)はネット上を眺めていた。