創作小話『疫学は酸っぱいと言ったキツネ』

 空腹のキツネが、『疫学の木』を見つけました。
 その実をキツネは取ろうとしましたが、どうしても前足が届きません。

 あきらめたキツネは、くやしまぎれに言いました。
 「あの疫学の実は、酸っぱくて不味いにちがいない」
 「あんなものを身に入れなくても、ぼくは専門家と対等に議論できる気力を十分にもっているのさ」

 【教訓】この話は、疫学の知識を持ったニセ科学批判者に議論をふっかけて返り討ちにあっても認めず、
 「疫学の見地で医療を語るのはだめ、素人の直感こそ頼りになる、なぜならば、疫学素人の僕がそのように直感しているから」
 という論理で開き直る人に聞かせてあげるとよいでしょう。
 
もちろん次のタイプの人に聞かせてもよいです。
 「自分が考えることは常に正しい、自分がネット上で公開する発言も常に正しい、そんな自分に反論してくる人たちはみんな的外れという理屈になる」

ネタのお言葉『一人書く、有効な対抗言論のログ』

 この言葉は、あの『竹里館』(ちくりかん)のニセ科学批判版である。
 【意訳】
 閑古鳥が鳴くブログの真ん中に一人で座り、ニセ科学に批判的な記事を静かに書く。

 たまにニセ科学批判批判者が現れて、私の記事を嘲笑し、「ぼくの勝ちだ!」と断言して、消え去る。

 その優越をことさらにアピールする心理について、相互理解の議論をよしとする私は知ることができない。

 また一人きりとなり、メインの記事を詰めにかかる。
 「インスピレーションが来たってばよ」となるまで、いつまでも原稿を相手ににらめっこする。
 【意訳、おわり】
 そのように王維は竹里館で過ごしていた。