逆転勝ちするためのアドバイス、『血液型性格判断は「ダメ科学」であって「ニセ科学」ではない』と述べたPsycheRadio氏へ

 次の記事を読んだ。
 はてなブックマーク - PsycheRadioさんのツイート 血液型性格判断は「ダメ科学」であって「ニセ科学」ではないラジよね。
 (以下、ublftboさんのコメントから引用)
 こういう内容を書くってことは、それぞれの語について、何らかの定義めいたものを持っているはずですよね。
 説明出来るかは、分かりませんけれども。

 なるほど、たしかにPsycheRadio氏の主張は、いまひとつ腑に落ちてこない内容である。
 ここはひとつ、
 『血液型性格判断とは、こういうものだ』
 『ニセ科学とは、こういうものだ』
 『ダメ科学とは、これこれこういうものだ
 『ほらごらんなさい、やはり血液型性格判断はダメ科学と言ったほうが、しっくりくるでしょう?』
 という感じの説明を行うと、逆転勝ちできる

 ublftboさんから今ひとつ信用されていない現状でよいのならばともかく、そうでもない場合は、今後の選択肢のひとつに入れてほしい。

 もちろん、具体的な説明を一切せず
 「あれはニセ科学ではない、ダメ科学だ」
 「それもニセ科学ではない、ダメ科学だ」
 「というか、ニセ科学と呼ばれているものは、すべてダメ科学で決まりなのだ」
 という感じで、あまたのニセ科学をダメ科学に片っ端から呼び代えていく活動も、有りである。
 世のニセ科学批判者たちから、大いに注目されるであろう。

 もしかしたら、近い将来に「ダメ科学」という言い方が地球上を覆うかもしれない。
 その場合、PsycheRadio氏は「創設者」と呼ばれることになり、ガンマ宇宙域の歴史に名を残す地球人となるであろう。(と、ここに予言しておく。けっこう当たる確率は高いかもしれない)

創作小話『強い科学リテラシーを持った人』

 村の外れを歩いていたAさんは、「私が売るニセ科学製品は万能です」と主張する流れの詐欺師と出会いました。
 話を信じたAさんは、ニセ科学製品を購入しました。

 その後、騙されたと知ったAさんは、去っていく詐欺師に向かって叫びました。
 「お前は私の懐から銭をうばったが、かわりに私の懐には強い科学リテラシーが宿ったのだぞ!」

 【教訓】この話は、詐欺の被害をばねにして成長を誓う人は必ずニセ科学批判者になるということを教えています。

創作小話『ウサギと銭持ちのキツネ』

 ウサギがキツネに問いました。
 「あなたは森で一番の銭持ちだと豪語していますが、それは本当の話ですか」

 キツネは答えました。
 「ああ本当さ、ぼくの家に来れば分かるよ」

 ウサギはキツネの家を訪れましたが、銭は見当たりませんでした。
 そのかわり、ニセ科学的な製品がたくさんありました。

 それを見たウサギは、自分の置かれた状況を理解しました。
 「なるほど、こうしてまんまとカモになった私は、自分の財布からキツネさんに銭をほいほいと差し出すわけですね、見事な誘導の仕方です」

 【教訓】この話は、詐欺師の話に信じてついて行くと、いつの間にか自分の銭が大量に減っているということを、例えています。

創作小話『キツネとニセ科学的なイバラ』

 ニセ科学的なイバラを見つけたキツネは、飛び越そうとしましたが、
 転びそうになったので、ニセ科学的なイバラにしがみつきました。
 キツネは痛い思いをすると同時に、持っている銭をすべて取られました。

 キツネが抗議すると、ニセ科学的なイバラは反論しました。
 「このぼくは、どんな相手でも引っかけるんだよ」
 「そんなぼくに、自分からしがみついてくるなんて、不注意もいいところなんだよ」

 【教訓】この話は、一見すると魅力的に思える製品であっても、売り文句がニセ科学ならば避けたほうが無難ということを教えています。

創作小話『ニセ科学批判を続けることはできないと判断した者』

 その主人公であるAさんは、ニセ科学に利するブログ記事を見つけたので、批判しました。
 すると、どこからともなく大勢の人々が集まってきて、Aさんに抗議しました。
 「あのニセ科学に利するブログ記事を書いた人は、読者が少ない過疎ブロガーだから、放置すべき相手だ」
 「それにもかかわらず、わざわざ取り上げて批判するとは何事か」
 「これだから、世のすべてのニセ科学批判者はダメなんだ」

 それを聞いたAさんは、悲観しました。
 「この人たちは、あのブロガーがニセ科学に利する発言をしていたときは、沈黙していた」
 「私が取り上げて批判すると、この人たちは私を非難した」
 「これでは、ニセ科学批判の活動を続けることなど、とうていかなわない。引退しよう」

 言い終えたAさんは、人里から離れた岩山の頂上に小さな庵をかまえて移り住み、朝に夕に世の不条理を嘆いて余生を終えました。

 【教訓】この話は、自分自身では正当と思って放った一言が大炎上に発展する場合があるということを、例えています。

「もしも罵倒芸の論者が、孫子の『この六者は天の災にあらず。将の過ちなり』を間違って覚えていたら」と考えました

 「罵倒芸の負け方には、論敵の強さに驚いてdisることなく引き返すあり、」
 「気持ちが緩んで、もっさりしたdisを作るあり、」

 「反骨がなくて、相手から好きなようにdisられるあり、」
 「言っていることと、やっていることが違うという姿を見せて、論敵にツッコミの隙を与えるあり、」

 「相手の主張のどこをdisるかという明確な方針がなくて、いきあたりばったりのdisを放つあり、」
 「論敵の科学リテラシーの程度を過小評価して、自信満々で論戦を仕掛けて、返り討ちに遭うあり、」

 「この6パターンは、『また負けてしまったか……ええい仕方がない、これも運命だ、寝る』という類のものではなく、論者自身の研鑽不足が招いた必然なり」

ネタのお言葉『燕雀の罵倒芸、いずくんぞ鴻鵠のdisを知らんや』

 この言葉は、あの「燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや」の罵倒芸版である。
 【なりたち】
 その昔、罵倒芸ブロガーであるAさんが、同じく罵倒芸のブロガーであるBさんに向かって言った。
 「こうやって、過疎のブログを運営することは寂しいものだね」
 「我々の罵倒芸が世間の評判を得て、有名disブロガーに成れた暁には、この日々を笑って語り合いたいものだね」

 Bさんは、ネガティブな返事を述べた。
 「我々のような泡沫ブロガーが、有名disブロガーに成れるわけがない」
 「朝に夕に罵倒芸を披露している今でさえ、ブログに閑古鳥が鳴いているではないか」
 「絵空事を言って浮かれている場合ではなく、現実を直視するべきだ」

 それを聞いたAさんは、嘆息して言った。
 「ああ、燕雀の罵倒芸、いずくんぞ鴻鵠のdisを知らんや
 (意訳:志が小さい罵倒芸の論者には、大成するためのdisを追求している私の話を理解できるはずがないのだ

 その後、Aさんは罵倒芸を磨き、愛読者の数を順調に増やし、そこそこ有名となった。
 ところが、これから飛躍しようという大事な時期に、なぜかAさんは慢心し、もっさりした罵倒芸を放つようになった。
 読者たちは厭きれて離れてしまい、有名disブロガーへの道は遠のき、ついにはネットモヒカン族から修正されてブログの閉鎖に追い込まれた。

 こうしてAさんはネット上から退場した。
 しかしながら、若き日に見せたAさんの気概は天下の人々に強い印象を与えた。
 そのために、「燕雀の罵倒芸、いずくんぞ鴻鵠のdisを知らんや」という言葉は消えることなく、現代にまで伝えられている。
 【なりたち、おわり】
 そのように司馬遷は『史記』に記している。

「もしも『Ζガンダム』のクワトロさんとカミーユさんが、ありえないバイアスを見せる論者の実在性について語っていたら」と考えました

 クワトロさん:「聴衆に向かって、」
 『ニセ科学問題を語る際には、バイアスが満載の主張を行ってはいけません、客観的に語る態度を見せましょう』
 「と説教したあと、」
 「バイアスに基づいた主張を実行してドヤ顔で締めくくるという論者が、一人くらいは実在するはずだ。その論者をネット上で探せ、行くぞ!」

 カミーユさん:「居るわけないだろ、そんな自分で自分の説教を台無しにする論者なんて!」

 (この記事は、次の「はてなブックマーク」にインスピレーションして作りました)
 はてなブックマーク - yuukiさんのツイート 原発PAが発するような御用ニセ科学にはむしろ男性・理系の方が弱いんじゃねぇの

創作小話『記事を批評されて愚痴を述べたブロガー』

 その主人公であるAさんは、愚痴を述べました。
 「私のブログの評判が、最近よろしくない」
 「おそらくは、はてなブックマークに集まっている人たちが、次のように言っていることが原因だろう」

 『A氏の書く記事は、科学的に間違っている部分がありすぎる』
 『しかも、それを読者から指摘されたA氏は、相手の誤読のせいにして知らん顔を決めている』
 『ネット上で一番に科学リテラシーが高いブロガーですと自称しているA氏だが、そんなアピールはそろそろやめてほしい』
 『いや本当に、A氏の科学的に間違っている記事を真に受けて変なことを言いだす科学素人さんたちが、実際にいらっしゃるんですよ』

 「こんなことを言っている人たちの大半は、自ブログを持っていないようだが、」
 「自ブログを持っていない人たちに、私の記事をあれこれ批評する資格があるだろうか?」
 「いや、無い」
 「というわけで、自ブログを持っていない人たちは、永遠に沈黙を保っていなさい

 それを聞いた自ブログを持っていない人たちは、それぞれ新しくブログを開設したうえで、Aさんの記事を批評しました。
 そのために、『Aさんが書く記事は科学的な間違いが多いらしい』という噂が、より世間に拡大しました。

 その状況を確認したAさんは、「愚痴を述べ、ますます増える、風当たり」と一句詠んでブログを閉鎖しました。

 【教訓】この話は、「自ブログを持っていない人たちに私のブログ記事を批評する資格はない」と主張すると、
 批評する人の数が以前よりも増えるという現実を明らかにしています。

 (この記事は、以下の「はてなブックマーク」にインスピレーションして作りました)
 はてなブックマーク - はてブで「お前のブログ面白くないよ」という人に限ってブログを書いていない件について - 近畿地方から送るゆる~いブログ

ネタのお言葉『あくまでニセ科学に定めた批判に居る』

 この言葉は、あの『山間秋夜』(さんかんしゅうや) のニセ科学批判版である。
 【意訳】
 夜食をとりながら、ネット上を周回する。
 ネットモヒカン族と供に、ニセ科学推進者のサイトを一覧する。

 私の人生は、もはやニセ科学を批判することで占められている。

 ニセ科学推進者たちが見せる飛躍した論理展開に、度々きょとんと立ち尽くす。
 誤誘導が甚だしく、私をカモと狙っている詐欺師の影が、ちらほらと見え隠れしている。

 安楽椅子に腰を掛け、ニセ科学の趨勢を他人事として笑いながら傍観していた自称中立の三ヶ月は、懐かしくも虚しい過去の話である。
 【意訳、おわり】
 そのように真山民(しんさんみん)は山間で記している。