「もしも罵倒芸の論者が、孫子の『この六者は天の災にあらず。将の過ちなり』を間違って覚えていたら」と考えました

 「罵倒芸の負け方には、論敵の強さに驚いてdisることなく引き返すあり、」
 「気持ちが緩んで、もっさりしたdisを作るあり、」

 「反骨がなくて、相手から好きなようにdisられるあり、」
 「言っていることと、やっていることが違うという姿を見せて、論敵にツッコミの隙を与えるあり、」

 「相手の主張のどこをdisるかという明確な方針がなくて、いきあたりばったりのdisを放つあり、」
 「論敵の科学リテラシーの程度を過小評価して、自信満々で論戦を仕掛けて、返り討ちに遭うあり、」

 「この6パターンは、『また負けてしまったか……ええい仕方がない、これも運命だ、寝る』という類のものではなく、論者自身の研鑽不足が招いた必然なり」

ネタのお言葉『燕雀の罵倒芸、いずくんぞ鴻鵠のdisを知らんや』

 この言葉は、あの「燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや」の罵倒芸版である。
 【なりたち】
 その昔、罵倒芸ブロガーであるAさんが、同じく罵倒芸のブロガーであるBさんに向かって言った。
 「こうやって、過疎のブログを運営することは寂しいものだね」
 「我々の罵倒芸が世間の評判を得て、有名disブロガーに成れた暁には、この日々を笑って語り合いたいものだね」

 Bさんは、ネガティブな返事を述べた。
 「我々のような泡沫ブロガーが、有名disブロガーに成れるわけがない」
 「朝に夕に罵倒芸を披露している今でさえ、ブログに閑古鳥が鳴いているではないか」
 「絵空事を言って浮かれている場合ではなく、現実を直視するべきだ」

 それを聞いたAさんは、嘆息して言った。
 「ああ、燕雀の罵倒芸、いずくんぞ鴻鵠のdisを知らんや
 (意訳:志が小さい罵倒芸の論者には、大成するためのdisを追求している私の話を理解できるはずがないのだ

 その後、Aさんは罵倒芸を磨き、愛読者の数を順調に増やし、そこそこ有名となった。
 ところが、これから飛躍しようという大事な時期に、なぜかAさんは慢心し、もっさりした罵倒芸を放つようになった。
 読者たちは厭きれて離れてしまい、有名disブロガーへの道は遠のき、ついにはネットモヒカン族から修正されてブログの閉鎖に追い込まれた。

 こうしてAさんはネット上から退場した。
 しかしながら、若き日に見せたAさんの気概は天下の人々に強い印象を与えた。
 そのために、「燕雀の罵倒芸、いずくんぞ鴻鵠のdisを知らんや」という言葉は消えることなく、現代にまで伝えられている。
 【なりたち、おわり】
 そのように司馬遷は『史記』に記している。