鏡さんの「これは流石に・・・・・・」という文章を考察する

  次の記事を読んだ。
 はてなブックマーク - 鏡さんのツイート これは流石に・・・・・・ - “【試案】ニセ科学の構造 - Interdisciplinary” https--t_co-T9xQqt93js

 なるほどと思ったので、鏡さんのコメントを考察する。

 【考察、その1】ublftboさんのブログ記事に対する賛同のコメントを急いで投稿しようとしたところ、
 急ぎすぎて、仕上げる途中のコメントを送信してしまった。

 【考察、その2】賛同のコメントを用意したものの、
 ネット上にアップする直前になって誤字を見つけたので、その部分を一旦すべて消し、
 あらためて仕上げようとしたところ、間違って投稿ボタンを押してしまった。

 【考察、その3】「流石だぜ、あにき」と書こうとしたところ、
 間違って「これは流石に・・・・・・」と書いて投稿してしまった。

 【考察、その4】中黒の部分には、「力作ぞなもし」という6つの文字が書かれているのだが、
 画面上では縮小されているために、読めなくなっている。

 【考察、その5】100文字近くの賛同コメントを書こうとしたところ、
 「これは流石に」という文章を打ち込んだ時点で疲労がピークに達したので、
 あとに続く部分は中黒で代用した。

 【考察、その6】じつは、はっきりと意味が伝わるコメントを書こうとしたのだが、突然、
 「書いちゃだめだ……書いちゃだめだ……意味が伝わる文章を、書いちゃだめなんだ……」
 という心の声が聞こえてきたので、それと激しく戦った結果、
 なんとか仄めかし程度のコメントを送信することに成功した。

 以上の考察の中に、正解があるはずである。
 なお、「いや、鏡さんのコメントは、あきれの意を表明しているのでは?
 と思われた読者様もいらっしゃることだろう。

 しかしながら、「趣旨がストレートに伝わってこないコメントを目撃したら、読む側の人がポジティブな意味に解釈して受けとめてあげる」ということも、
 ネット上のコミュニケーションの場においては、けっこう大事だったりする。

 そう、この記事で展開された一連の考察は、あのポリアンナ物語で使用された「よかったさがし」という概念と、同じだったのである。

創作小話『この村では狂犬病のワクチン接種を廃止すべきと主張した者』

 その主人公であるAさんは、村の広場で主張しました。
 「この村では、数十年にわたって狂犬病が発生していない」
 「ゆえに、狂犬病のワクチンの接種は廃止すべきという結論になる」
 「これは、論理的にも正しい結論である」

 それを聞いた村人たちは、会議を開いて狂犬病のワクチン接種の廃止を決定しました。
 Aさんは、涙を流して喜びました。
 「やっと面倒な作業から開放された」
 「これからの人生は、自由に使える銭と時間が増える。こんなにめでたいことはない」

 しばらくして、村に狂犬病が蔓延しました。
 村の動物たちは、次々に倒れました。村の人間たちも、倒れました。
 最後に残った人間はAさんでしたが、やはり倒れ込みました。
 Aさんは、意識が遠くなりながらも、強がりました。
 「この身に起きたことは、自分の信念を通したゆえの結果なのだから、悔いはない」

 【教訓】これは公衆衛生の大切さを知ってもらうために作った架空の話であり、現実の世界に起こり得る話ではないです。