創作小話『モヒカン的論者を迎え入れたムラビト的ブログ』

 ムラビト的な雰囲気を維持していたブログの管理人が、「自分は数十年にわたってマイナーな地位に甘んじている、手っ取り早くメジャーになる方法はないものか」と悩んでいました。
 あれこれ考えた末に、「枯れ木も山の賑わいだ」と言ってモヒカン的論者たちの招き入れを決めました。
 それを知った常連の読者たちは、喜びました。

 Aさん:「いいですわねえ。この泡沫ブログも大賑わいとなって、ネットで一番の表舞台になりますわねえ」
 Bさん:「そうですわねえ。まったりな会話がぽつぽつと行われていたこの弛緩ブログも、明日からは秒単位の即レスが朝に夕に飛び交いますわねえ」
 Cさん:「わしの感情論を聞いてくれる相手が増えるのじゃ、こんなにうれしいことはないのじゃ」
 Dさん:「モヒカン的論者たちの加算、ばんざーい!」

 お祝いムードの中、Eさんが疑問を述べました。
 「なぜにみんなは平気でいられるの!?」
 「いままでも稀にモヒカン的論者が訪ねてきた時ですら、僕たちは神経を消耗して倒れていたのに、」
 「これからは、24時間365日ずっと修正を受ける身になってしまうんだよ!?」

 【教訓】この話は、「リスキーシフト」が如何にして起こるのかを教えています。

ネタのお言葉『憂いあれば、すなわちdisが救われず』

 この言葉は、あの荘子の「憂いあれば則ち救われず」の罵倒芸版である。
 【意訳
 どんなにベテランの罵倒芸論者であっても、悩み事がある状態では、的確なdisをネット上で公開することができません。
 そのようなときは、disを一旦やめて、悩み事を先に解決しましょう。

 「そんなわけにはいかない、私は今すぐにdisのコメントを発表したいのだ」という気持ちも分かりますが、
 悩み事がある状態で放つdisは、もやもやした内容になりがちであり、読者にとって理解しがたい文章になりますから、不親切です。

 無心の罵倒芸の域にまで達しなさいとまでは言いませんが、
 悩み事のない、晴れ晴れとした心で実行する罵倒芸は、多くの人を魅了して固く支持されることも事実です。
 
 自分の罵倒芸をネット上で末永く公開したいのであれば、悩み事のない心理状態を常に保つことが大切です。
 【意訳、おわり
 そのように荘子はアドバイスしている。