創作小話『空飛ぶスパゲッティ・モンスターから試されたニセ科学批判批判者』

 そのニセ科学批判批判者であるAさんは、一部の読者から高く評価されていました。
 それを知った空飛ぶスパゲッティ・モンスターは、
 「なるほど賢そうな人間だ、あの様子ならば、ニセ科学批判も立派にやり遂げるであろう」
 と考えて、Aさんをニセ科学批判ブログの管理人にしてあげました。

 しかし、一抹の不安を覚えた空飛ぶスパゲッティ・モンスターは、Aさんを試すことにしました。
 「科学的な議論を前にして、客観的な意見ばかりを述べたならば合格としよう」

 その後、空飛ぶスパゲッティ・モンスターと科学的な議論を始めたAさんは、
 最初は客観的な意見を述べていたものの、多大なストレスを感じたので、
 方針を転換し、主観を根拠にした意見で押し通しました。

 それを見た空飛ぶスパゲッティ・モンスターは、
 「やはりニセ科学批判批判者は、どこまでもニセ科学批判批判者なのだ」
 と言って、Aさんをニセ科学批判ブログの管理人から外しました。

 【教訓】これは、表面上の態度はすぐに変えることが可能でも、思考回路までを簡単に変えることは難しいというお話です。

ネタのお言葉『参考にしていたログ、たちまちニセ科学で満ち』

 この言葉は、あの『夏日南亭懐辛大』(かじつなんていにて、しんだいをおもう)のニセ科学批判版である。
 【意訳
 今まで愛読していたブログが、最近になってニセ科学擁護の記事を量産し始めた。
 しばらく困惑した私だが、ようやく事態を飲み込んだ。
 いっちょ噛みのコメントを持参して私は説得を試みたが、ブログ主は嘲笑を常時で返してきた。

 コメント欄を開くと、ニセ科学擁護の記事を好意的に鑑賞する人たちが集まっていた。
 もはやブログの気風は、まともな科学をdisり、逐一の感情論で占められていた。

 明鏡止水の覚悟でニセ科学擁護論を退治しようとするも、
 「一読者のくせに思い上がるな」
 「ブログ主さまは個人の感想を公開したにすぎないのだから批判するな」
 「杓子定規なことしか言えないモヒカン的な論者は、石神井池(しゃくじいけ)にでも行け」
 と反発されてしまい、支持の無きを思い知った。

 これにて、完全に終わりだ。
 科学リテラシーを重んじる私の居場所は、無くなったのだ。
 あのブログは、中傷と妄想を弄す者たちの楽園に、変わり果ててしまったのだ。
 【意訳、おわり
 このようなことがあったと孟浩然は南亭で記している。

創作小話『悪しき相対主義者を迎え入れたニセ科学批判ブロガー』

 そのニセ科学批判ブロガーであるAさんは、器の大きな人物という評価を世間からもらいたいと思い、
 悪しき相対主義者を自ブログに迎え入れて厚遇しました。

 別のニセ科学批判者であるBさんは、Aさんの態度を見て驚きました。
 「いったい、なにをやっているのですか!?」
 「そうやって、悪しき相対主義者を甘やかしていたら、次第に調子に乗って、抽象的で曖昧な論をネット上で乱発して、」
 「Aさん一人どころか、多くの人々を消耗に追い込んでしまうんですよ!?」

 【教訓】これは、悪しき相対主義に魅力を感じて思考に組み込んだ論者は、
 「議論で一人勝ちできるのは良いけれど、なんだか虚しい勝ち方だな、もうやめようかな?」
 と思っても簡単にはやめられないというお話です。