ネタのお言葉『ときに我が押しで議論を訪ねる』

この言葉は、あの「金の草鞋で尋ねる」(かねのわらじでたずねる)の罵倒芸版である。
 【解説】ネット上の議論というものは、次のような進行が理想です。
 「皆が互いの意見に大なり小なりの違いがあることを認識し、相互理解を目指して話を進め、それを達成し、ちゃっちゃと解散し、家に一直線で戻り、当初の見積もりよりも時間の余裕ができたと喜びながら眠りにつく」

 しかし、罵倒芸の論者の場合、それが理想の議論とは限りません。ときには次のような考え方が必要な場合もあります。
「相互理解は大切だが、自分一人の勝ちを追求することは、もっと大切だ」

 議論の一人勝ちを目指す場合は、遠慮や深慮の態度を控え、ひたすら我を張るべきです。
 あの『孫子の兵法』の表紙にも、「自論を押し、他の論者の意見を却下に徹すれば、百のdisり合いも危からず」と書かれています。(表紙の隅っこに、そう書かれています)(読み取りに苦労するむっちゃ小さな文字で、そう書かれています)

 というわけで、「私はいつも自己主張が弱いんだ、私はいつも場の雰囲気に流されて望まない合意をしてしまうんだ」という論者さんは、「ときに我が押しで議論を訪ねる」という言葉をつぶやいた後で、ネットの画面を開きましょう。いつもと違う進行の議論が、あなたを待っています。
 【解説、終わり
 なお、一部の研究者は、「ときに我が押しで議論を訪ねる」が本来の文面だったと考えている。多くの先人が口伝するうちに、「金の草鞋で尋ねる」に変化したのだという。