ネタのお言葉『まともな科学を推奨する声は無く、ただ猛りを書きなぐったログが流れ』

 この言葉は、あの王安石の漢詩『鍾山即事』(しょうざんそくじ)の罵倒芸版である。
 【意訳
 その日の私は、ニセ科学の擁護を声高に叫びながらブログ記事の量産に励む者の姿を、ネット上の片隅で発見した。
 幾星霜も論争した末の結果であろうか、世のニセ科学批判者たちに対する私怨の記事も、いくつか披露されていた。
 暴言も辞さないブログ主の悪辣な態度は、支持者たちも哀しく思い、シュンとうなだれている。

 見かねていっちょ噛み的な諫言を送った私であったが、ブログ主はキレ芸を山ほど晒すだけに終わり、かえって憂鬱な雰囲気が強化されてしまった。
 【意訳、終わり
 そのような出来事があったと王安石は鍾山の向かいで記している。

ネタのお言葉『disの唇閉じて歯がかゆし』

 この言葉は、あの「唇亡びて歯寒し」の罵倒芸版である。
 【なりたち
 苛烈な罵倒芸ブロガーであるAさんが、副管理人のBさんと、普通の罵倒芸ブロガーであるCさんとDさんの三人を引き連れて、穏健派の罵倒芸ブロガーであるEさんをdisり倒そうと準備していました。

 その脇でCさんとDさんは、密かに不安を募らせていました。
 「Eさんがdisり倒されたあとは、我々が標的となるのではないか?」
 『たしかに、日頃から誰彼かまわず噛み付いているAさんならば、あり得る話だな』
 「そうなる前に、我々でAさんをdisり倒しておくべきではないか?」
 『うむ、disられる前にdisれということだな』

 不穏な雰囲気に気づいたBさんは、Aさんに忠告しました。
 「CさんとDさんが疑心暗鬼になっています」
 「これを払拭するために、Eさんをdisる行為はすべてCさんとDさんに任せると宣言してください」
 「そうすれば、CさんとDさんはAさんの器の大きさに感激して固い支持を約束してくれます」

 しかし、Aさんは断りました。
 「disの言葉を我慢して述べない罵倒芸の論者は、歯がむっちゃかゆくなって、三日三晩まともに寝られなくなると私は聞いている」
 「ゆえに、私のdisる権利をCさんとDさんにすべて譲れというBさんの提案は、間違っているという理屈になる」

 それを聞いたBさんは、「事は決した。このままでは私も巻き添えになる」と判断して、副管理人の地位を返上してネットの果てにある竹林に身を隠しました。

 その翌日、CさんとDさんはAさんのブログに乗り込んでdisのコメントを投稿しました。
 不意を突かれたAさんは有効な反論ができず、完全論破に追い込まれました。
 それを見た愛読者たちは失望して去り、Aさん自身も、「苛烈な罵倒芸で名を馳せてきた私だ、いまさら過疎ブロガーの身など耐えられない」と言ってネット上から消えました。
 【なりたち、終わり
 なお、一部の研究者は、「唇亡びて歯寒し」という言葉も元を辿れば「disの唇閉じて歯がかゆし」に行き着くと考えている。長い時が経つうちに罵倒芸のくだりが省略されてしまったのだという。

ネタのお言葉『衆人環視のログでdisの留まるを承知せず』

 この言葉は、あの戴叔倫(たいしゅくりん)の漢詩『湘南即事』(しょうなんそくじ)の罵倒芸版である。
 【意訳
 論戦と難詰に花を咲かせる人がブログを開設したとの噂を聞いた私は、さぞかし風流からほど遠いブログであろうと思いつつ訪れる。
 さっそく問答となり、いつの間にか私は軽視される立場となり、ついにブログ主は「ネットマナーの説教など望まん」とそっぽを向いた。
 私も話す気は減少したが、ブログ主が他の人とどのように対話するか興味があったので、副管理人を申し出たところ、「私のdisを邪魔さえしなければ」と条件付きで受理された。

 ところが数日後、ブログ主は、「ネット上には僻みばかり述べる人間しか居ない、私だけが高潔だ」と嘆いてブログを去った。
 残された読者たちは一斉に副管理人である私を見つめたので、次のように宣言した。
 「このブログは論戦と難詰を目的として作られたわけですが、肝心の管理人が消えてしまいました」
 「暫定措置として、新しい管理人が決まるまでは相互理解を重視した運営とします」
 読者たちは、「いままでのトゲトゲした雰囲気を無くすというのか」と驚きながらも愛読を約束してくれた。
 その後、私は新管理人が定まる日までウォームハートなブログを維持した。
 【意訳、おわり
 そのような出来事があったと戴叔倫は報告している。

ネタのお言葉『ムラビト的論者が唱える説に主観の根拠、モヒカン的論者が掲げる批判にバイクとバギー』

 これは、あのことわざ「唇歯輔車」(しんしほしゃ)のニセ科学批判批判版である。
 【なりたち
 苛烈なニセ科学批判ブロガーのAさんが、悪しき相対主義ブロガーのBさんに問いました。
 「あなたのブログのコメント欄にニセ科学的な主張をしているCさんが常駐しているが、今から私が赴いてCさんに対する批判のコメントを述べてもよいか?」

 Bさんが承知しようとすると、副管理人のDさんが現れて諫言しました。
 「あのAさんはモヒカン的な思考の持ち主です、Bさんはムラビト的な思考の持ち主です」
 「古来、自分の個人的な経験を一般化して語ってドヤ顔で締めくくる論者は、モヒカン的な論者から必ず狩られてしまうものと私は聞いています」

 「つまり、CさんがAさんによって集中的に批判されて疲弊して倒れ込んだあとは、Bさんがターゲットとなるわけです」
 「それはBさんの望むところではないでしょうから、Aさんの申し出は断るべきです」

 しかしBさんは、「大丈夫です、この私は常日頃から『ニセ科学とまともな科学は相対的に同一です』と主張しているにすぎず、ニセ科学そのものを信じているわけでもありませんから」と言って、Aさんを自ブログのコメント欄に迎え入れました。

 それを見たDさんは、「寄る年波に勝てず、副管理人を引退します」と言ってBさんのブログを去りました。
 去り際にDさんは予言しました。「Bさんのブログは、数日内にネット上から見えない存在と化すであろう」

 その後、AさんはCさんのニセ科学的な説をこれでもかと修正し、次にBさんの悪しき相対主義的な主張をそこまで掲げるかというほど吊るし上げてブログの閉鎖に追い込みました。
 【なりたち、終わり
 この話の教訓は、苛烈なニセ科学批判者がターゲットにしている説は、ニセ科学を正面から擁護している説だけでなく、からめ手で擁護している説も視野に入っているために、中立を名乗りながらニセ科学批判批判を行っている論者も用心しておくに越したことはないというものである。
 なりたちは古いことわざであるが、現代のネット社会にも十分に通用することわざなので覚えておきたい。

ネタのお言葉『われ、顔回にdisを問う。終日微笑でごまかす顔回。落胆して別れるも、これで仕舞ではないとのちに知る』

 この言葉は、あの論語の「吾、回と言うこと終日、違わざること愚かなるが如し。退いてそのわたくしを省みれば、またもって発するに足る。回や愚かならず」の罵倒芸版である。
 【意訳
 孔子が弟子の顔回に対して、「ネット上の議論における罵倒芸の披露」について、是非を問いました。
 顔回は、静かな笑顔を見せるだけで何も答えませんでした。
 孔子は、「さすがの顔回も、罵倒芸に関する知識は皆無であったか」とがっかりしました。

 その翌日の朝、顔回は孔子に会うと、腕を組み、体を斜に構え、リズムを取りつつ、「YO! YO! 師匠! 今から論語! 存分disるよ! メーン」と言いました。
 実は顔回は、昨日孔子と別れたあと、自室で罵倒芸に関する情報をネットで検索して集め、一晩で思考にインプットを完了していたのでした。

 それを知った孔子は、「一見して茫洋としている人間こそ、深く尖った実力を秘めているものだ、その具体例が顔回である」と高評価を与えました。
 【意訳、終わり
 このように、真心で行う努力は必ず誰かが見てくれており、必ず正当に評価してくれる。
 だから読者様も、「こんなにdisの記事を書いているにもかかわらず、いまだ私は泡沫ブロガーで過ごしている、もはや路線を変更すべき時に来ているのではなかろうか……」と悲観せず、今一度自分の罵倒芸と向き合おう。

 なお、一部の研究者は、「長い時が経つうちに罵倒芸のくだりが省略されて違う趣旨として現代に伝わった」と考えている。

創作小話『空飛ぶスパゲッテイ・モンスターから諭された過疎ブロガー』

 その主人公であるAさんは、「数十年にわたってブログを続けたが、いまだに読者が一人も居ない。もうダメだ、閉鎖しよう」と言いました。

 それを聞きつけた空飛ぶスパゲッティ・モンスターが、Aさんを諭しました。
 「お前にはまだ、disの記事を書いて公開するという道が残っている」
 「お前が居るネット上には、科学的にデタラメな説が山ほどある」
 「それらをdisったのちに身を引くがよい」

 この言葉を聞いたAさんは、「たしかに私は、disで満たされた記事だけは書いてこなかった」と気がつきました。
 その後、Aさんはニセ科学を対象にしたdis記事の量産に励み、ニセ科学被害者たちから重宝されるブロガーとして末永く活動しました。

 『教訓』これは、世俗の生活に行き詰まりを感じて隠棲を始める前に今一度だけ解決策を模索すれば自然と道が開けてくるということを教えています。

 (この話は、以下のサイトの記事にインスピレーションして作りました)
人間とゼウス <福娘童話集 きょうのイソップ童話>
http://hukumusume.com/douwa/pc/aesop/01/13.htm

創作小話『シュッとしたdisを見せていたのに抗議されたブロガー』

 その主人公であるAさんは、シュッとしたdisの記事を書くブロガーとして人々から好評されていました。
 ある日、通りすがりの罵倒芸論者であるBさんが、もっさりしたdisのコメントをいくつか投稿しました。
 そのもっさりしたコメント群を読んだ人々は、自分たちの望むdisの形ではなかったので、激怒してブログ主のAさんを責めました。

 人々が去って炎上が収まったあと、Aさんは嘆きました。
 「この私は、数十年前の過疎ブロガーのときから、シュッとしたdis記事の作成に当てられる限りのリソースを使い、その成果として、最近は固定ファンが一人二人と現れ始めていた」
 「それがいま、数本のもっさりしたdisコメントのせいで、シュッとしたdisブロガーという名声が霧散霧消した」
 「もはや私には、一からやり直す気力が残っていない。引退しよう」

 言い終えたAさんは、ネットの果てにある竹林に赴いて小さな庵をセルフビルドして移り住み、朝に夕に世の無常を嘆いて余生を終えました。

 『教訓』これは、信用を築くための時間は長きを必要とするかわりに、信用が消えていく場合の時間はそれほどでもないということを例えたお話です。
 (この話は、以下のサイトの記事にインスピレーションして作りました)
ミツバチを飼う人 <福娘童話集 きょうのイソップ童話>
http://hukumusume.com/douwa/pc/aesop/07/01.htm

創作小話『新人とベテランが競ったニセ科学批判批判』

 新人のニセ科学批判批判者であるAさんが、ベテランのニセ科学批判批判者であるBさんと公開討論を行いました。
 Aさんは、「僕は無知な論者だよ、しかも無知な聴衆の代弁者なんだよ」と名乗ったあとで、山ほど自己主張しました。
 自己主張しすぎて疲れ果てながらもAさんは、「Bさんは何ら反論できないようだ、僕の完全勝利だな」と確信しました。

 すると、公開討論の開始からずっと黙っていたBさんは、やっと反論の言葉を述べました。
 「ニセ科学とまともな科学は、相対的に同じなのじゃ。すべては相対なんじゃのう。うんうん」

 これを聞いたAさんは、「ずるいぞ、そんな無敵のニセ科学批判批判を実行するなんて!」と悔しがりましたが、自分のニセ科学批判批判に関する知識はすべて出し尽くしていたので再反論ができず、諦めて退場しました。

 『教訓』この話は、そこまで強調するかというほど無知を誇示する論者は自分に絶対の自信を持っているということを教えています。
 (この話は、以下のサイトの記事にインスピレーションして作りました)
ゼウスとアポロン <福娘童話集 きょうのイソップ童話>
http://hukumusume.com/douwa/pc/aesop/08/16.htm

ネタのお言葉『ログに響く、明瞭なカッコウの鳴き声、是非の気持ちを待たず』

 これは、あの王守仁(おうしゅじん)の漢詩『題灌山小隠』(かんざんのしょういんにだいす)の罵倒芸版である。
 【意訳
 このたびの私は、自ブログの赴きを「毒吐きの披露」から「礼儀の説教」に移した。
 かつて、近隣のブログに延焼するほど炎上していた私の拠点も、ネットマナーを説き始めてからは、ついに最後の愛読者も姿を消す。

 「まるで人里から離れた岩山の頂きで呪文を唱えているようだ」と言うなかれ。
 「いまどき窮屈な礼儀の勧めをネット上に供給しても受け取る人は皆無です」と言うなかれ。

 閑古鳥の声がよく響く自ブログの空間で、ひたすらに清流の記事の生産に励む。
 この現状を、良いとか悪いなどと自己判定する時間すらも、いまの私は惜しむのだ。
 【意訳、終わり
 そのように王守仁は灌山で記している。

ネタのお言葉『五十歩のdis人、百歩のdis人を笑う』

 これは、あの「五十歩百歩」の罵倒芸版である。
 【なりたち
 孟子が魏の国の恵王に向かって例え話を始めました。
 「ある公開討論の場で、AさんとBさんが自分達の主張の不利を悟り、完全論破に追い込まれる事態を嫌って逃げ出しました」
 「Aさんは、五十歩まで逃げたところで、後釣り宣言を実行しました」
 「Bさんは、百歩まで逃げたところで、後釣り宣言を実行しました」
 「Aさんは、Bさんの臆病さを笑いました。Bさんは、言い返しました」
 『私の方が、Aさんよりも遠い場所から公開討論の場に向かって後釣り宣言を叫んだのだから、私の方が優れている』
 
 ここまで話した孟子は、恵王に問いました。「五十歩のところで後釣り宣言したAさんと、百歩のところで後釣り宣言したBさん、さてどちらが優れている論者でありましょうか」
 恵王は答えました。「どちらもダメである。後釣り宣言して論者としての信用を落としたことに違いはない」

 孟子は頷きました。「まさにそのとおり。そして、これは罵倒芸論者のブログ運営にもいえることです」
 「他所のブログに赴いてdisり合いに明け暮れる日々よりも、自分のブログに悠然と腰をすえ、愛読者達の感心を呼ぶdis記事の作成に、全リソースを捧げる」
 「これこそが、disブログを運営する者のあるべき姿です」

 このようにして孟子は、本題であるdisブログの王道を説く前フリとして「五十歩のdis人、百歩のdis人を笑う」の例え話を用いたのでした。
 【なりたち、終わり
 なお、一部の研究者は、長い時を経て「五十歩のdis人、百歩のdis人を笑う」から「五十歩百歩」に転訛したと考えている。