ネタのお言葉『われ、顔回にdisを問う。終日微笑でごまかす顔回。落胆して別れるも、これで仕舞ではないとのちに知る』

 この言葉は、あの論語の「吾、回と言うこと終日、違わざること愚かなるが如し。退いてそのわたくしを省みれば、またもって発するに足る。回や愚かならず」の罵倒芸版である。
 【意訳
 孔子が弟子の顔回に対して、「ネット上の議論における罵倒芸の披露」について、是非を問いました。
 顔回は、静かな笑顔を見せるだけで何も答えませんでした。
 孔子は、「さすがの顔回も、罵倒芸に関する知識は皆無であったか」とがっかりしました。

 その翌日の朝、顔回は孔子に会うと、腕を組み、体を斜に構え、リズムを取りつつ、「YO! YO! 師匠! 今から論語! 存分disるよ! メーン」と言いました。
 実は顔回は、昨日孔子と別れたあと、自室で罵倒芸に関する情報をネットで検索して集め、一晩で思考にインプットを完了していたのでした。

 それを知った孔子は、「一見して茫洋としている人間こそ、深く尖った実力を秘めているものだ、その具体例が顔回である」と高評価を与えました。
 【意訳、終わり
 このように、真心で行う努力は必ず誰かが見てくれており、必ず正当に評価してくれる。
 だから読者様も、「こんなにdisの記事を書いているにもかかわらず、いまだ私は泡沫ブロガーで過ごしている、もはや路線を変更すべき時に来ているのではなかろうか……」と悲観せず、今一度自分の罵倒芸と向き合おう。

 なお、一部の研究者は、「長い時が経つうちに罵倒芸のくだりが省略されて違う趣旨として現代に伝わった」と考えている。