yash_sanさんが公開されたkikumacoさんに対する皮肉ツイートを読んだ後の、私の感想

 次の記事を読んだ。
https://twitter.com/yash_san/status/968976037429129216
http://b.hatena.ne.jp/entry/359392322/comment/ublftbo

 yash_sanさんの当該ツイートは、比較的良い部類のニセ科学批判批判であると私は考えるが、今後ひねくれた一部のニセ科学批判者から次のような返しの皮肉が出る恐れもあると見た。
 「kikumacoさんがダメなニセ科学批判者であり続けたのは、これまでyash_sanさんが有効なニセ科学批判批判をしてあげられなかったことが原因だ……と私たちは言いたいと思います」

 このような皮肉をもらった場合、次のように釈明するとよいだろう。
 「言っておくが、私はニセ科学の話題については傍観者の立場を維持している」
 「そして、諸君のニセ科学批判をボランティアで監督してあげている立場も維持している」
 「その私に向かって、諸君が皮肉のコメントを呈するとは何事か」
 「これだから、諸君はいつまでも役立たずのニセ科学批判者から脱却できんのである」

 「少なくとも、私の皮肉の構造を真似た皮肉を返すのではなく、『皮肉としてはいまひとつの構造になっています、具体的にはこれこれこの部分に付け入る隙が満載です』という言い方をするべきであった」
 「その言い方をニセ科学批判でも実行することにより、諸君の地に落ちている評判が1ミリメートルくらいは向上する」
 「というわけで、さっそく今から私を満足させる言い方のニセ科学批判に務めたまえ」
 『ダメなニセ科学批判を見せる者がネット上に存在するのは、ダメなニセ科学批判批判を見せる者がネット上に存在していることに原因があります。よいニセ科学批判批判を見せる者ばかりであれば、ダメなニセ科学批判を見せる者の数はゼロになります。これは、論理的にも正しい考察です
 「などと言っている時間は、諸君に無い」

 ポイントは、「傍観者の立場から世のニセ科学批判者たちの活動に皮肉を申す自分」を強調することである。
 これをニセ科学批判者たちに覚えてもらえれば、「我々ではとうてい相手にできないお方のようだ」と判断されて、変な返しが出なくなる。
 そのあとは、皮肉を言いたい放題で勝ち放題の自分がネット上に居る。

 余力があるならば、「世俗で迷いを見せながら活動するニセ科学批判者たちに向かって、遠く深山の頂きから導きのいっちょ噛みを放って成長を促してあげるという、親切な自分」もアピールしておこう。よりはっきりと高みに居る傍観者として認識される。
 以上で、私の感想を終えるとする。

 なお、この記事は、【ニセ科学批判者たちからツッコミをもらった際に議論を逆転勝ちする方法、最低でもイーブンに持ち込んで完全な負けに追い込まれる事態はない方法】という視点で作られている。
 ゆえに、「なんですか、その視点は?」「議論は勝ち負けを争うものではなく、相互理解を目的として行うものでは?」という疑問を持った読者様は、実行するのをやめておこう。
 【常に勝ってしまうニセ科学批判批判、最低でもイーブンで終わるニセ科学批判批判】は、疑問をもった状態では成し遂げられないのである。