創作小話『ニセ科学批判者ならば事実誤認に基づく非難も笑顔で受けとめるべきと主張した者』

 ニセ科学批判者たちに向かってAさんが主張しました。
 「ニセ科学を軽い気持ちで信じている人のツイートを読んだときは、無言でそっと離れるべきである」
 「無言でそっと離れるのが嫌ならば、やさしくて温和でふわあっとしたダメ出しを送り、遠まわしの自覚に導いてあげるべきである」
 「相手がふわあっとしたダメ出しを受け付けず、それどころか、逆に事実誤認に基づく非難を述べ始めても、諸君は笑顔で受けとめるべきである」

 「どこまでも聖人君子の態度を貫いて、いつまでも事実誤認に基づく非難を笑顔で受けとめる」
 「すると、しだいに相手は、【なぜに笑顔でいられるのか?】と疑念を抱き始め、」
 【自分の非難は間違っているのではないか、自分の信じている説はニセ科学ではないか?】
 「と思い始め、ついには確信となり、」
 【ああ、私はなんとダメすぎな言説を支持していたことか!】
 「と悟り、感謝の言葉を述べて議論の場を去る」
 「この流れこそ、真のニセ科学批判である」
 「というわけで、さっそく諸君は実行したまえ」

 聞き終えたニセ科学批判者たちは、感想を述べました。
 「そう思うのならば、Aさん自身でおこなって成果を出してください、その際は参考にします」

 Aさんは、自分の立場を説明しました。
 「この私は、第三者で中立の傍観者であり、この立ち位置を末永く維持したいと考えている者である」
 「ゆえに、私自身でニセ科学批判を行う筋合いは、一つもないという理屈になる」
 「以上で、演説を終えるとする」

 ニセ科学批判者たちは、二度目の感想を述べました。「Aさんの言いたいことは分かりました」
 「そのうえで、私たちは理想のニセ科学批判の形を自分自身で見極めたいと改めて思いました」
 「つまり、Aさんの主張に沿ったニセ科学批判を採り入れる者は、私たちの中に一人も現れなかったという有りさまです」

 【教訓】この話は、「事実誤認に基づく非難でも笑顔で受けとめる」という態度を自分自身では実行する気がない人の場合、他人に向かってするように呼びかけても冷たい反応しかもらえないという現実を明らかにしています。
 (この記事は、次のツイートにインスピレーションして作りました)
https://twitter.com/NATROM/status/1005956763865059328
https://twitter.com/NATROM/status/1005956841656934401
https://twitter.com/NATROM/status/1005957044124303361