ネタのお言葉『disの師匠に事(つか)うるに數(しばしば)すれば斯(ここ)に破門され、disの友に數すれば斯にブロックされる』

 この言葉は、論語の「君に事(つか)うるに數(しばしば)すれば斯(ここ)に辱(はずか)しめられ、朋友(ほうゆう)に數すれば斯に疎(うと)んぜらる」の罵倒芸版である。
 【意訳
 子游(しゆう)が言いました。「罵倒芸を教えてくれている師匠的なブロガーに向かって、」
 『そのdis記事はどうなんですか、前フリが濃密なわりに本論がスカスカのdis記事ではありませんか、もっと内容のあるdis記事を書いてくれませんか』
 「という感じのコメントを何度も述べるのはやめましょう」

 「というのも、『うんうん、その意気やよし』と最初は師匠も喜んでくれますが、しだいに不機嫌になって、」
 『やかましいんじゃ、こわっぱ! わしのdisブログに不満があるんじゃったら、よそのdisブログに行けばいいんじゃ!』
 「と怒り出して、アクセス禁止の処分が下されてしまうからです」

 「disの友人に対しても同様に、」
 『君のdisツイートは思いやりが足りないよ、もっと相手の心情に寄り添ったdisツイートを見せるべきだよ』
 「という感じのコメントを何度も行っていると、」
 『あなたこそ思いやりのあるdisツイートを述べてくださいよ、私の心情に寄り添ったdisツイートを見せてくださいよ、あなた自分でも出来ていないことを私に要求しないでくださいよ』
 「と返されて、ブロックされてしまいます」
 【意訳、終わり
 「あの人のdisり方には危うい部分がある、あのままだと読者からの信頼がゼロになってしまう、いまのうちに私から忠告しておこう」と思うのはかまわないが、何度も忠告していると、「くどい人間だ、もう話したくない」と嫌われてしまう。

 それでは元も子もないので、「これこれこの理由により、貴公のdisり方はダメである、ここに代替案を示しておく」という感じで、要点をコンパクトにまとめた諫言を呈して終わりとしよう。
 それがネット上における無難な付き合い方だと子游は提言している。