ネタのお言葉『論者はその一のdisに居る』

 この言葉は、老子の「人はその一に居る」の罵倒芸版である。
 【意訳
 ネット上には多くの罵倒芸論者が活動しており、disり方も千差万別ですが、ほとんどの罵倒芸論者が心の中で、「自分のdisり方が誰よりも一番に優れている」と思っています。

 一方で、真の罵倒芸を探究している論者は、「この私は、大宇宙の片隅で小さくdisっているだけの、修行中の者にすぎない」と考えています。
 寝ているときも起きている時も、「よりよいdisり方とはどのようなものか、そもそもdisとは何か?」と自問した結果、
 「大宇宙の作用に逆らうことなく、自然の流れに任せてdisの文章を組み立てる」という一つの答えにたどり着いたのです。
 【意訳、終わり
 あれやこれやとdisり方に工夫を凝らすのもよいが、あまりに凝っていると、
 「もっと上手いdisり方を見せねばならない、もっと高尚なdisを読者たちに届けねばならない」
 という考えに支配されてしまい、神経を消耗するばかりの日々が始まる。

 その事態から逃れるためには、「私は今、広い宇宙の、ごく限られた範囲でdisっている、一人の地球人だ」とつぶやこう。
 すると、「神経をすり減らすまでdisり方を工夫するのって、つまらない時間の使い方だよね」と思うようになり、
 「結局、素朴なdisが、いちばん強いんだよね」とポケモンゲームに登場するダイゴさんのような台詞を述べるようになり、それまでの悩みが消えて穏やかな気持ちになれる。
 このような「スランプ時の脱出方法」を老子は提案している。