この言葉は、論語の「学は及ばざるが如(ごと)くするも、猶(な)おこれを失わんことを恐る」の罵倒芸版である。
【意訳】
孔子が言いました。「罵倒芸を学ぶと決めたならば、惜しみなく新しい罵倒芸を学びましょう、そして過去に覚えた罵倒芸も忘れないように気をつけましょう」
【意訳、終わり】
真剣に罵倒芸を探究し始めると、いつのまにか夢中になって、寝食も惜しんで数多のdisり方を頭に記憶しようと頑張ってしまうわけだが、そうすると今度は、以前に使用していたdisり方を古いと感じて使用しなくなり、
「そういえば、あのdisり方も、このdisり方も古くさいなあ」
と思い始めて、次々と封印してしまう。結果、disのバリエーションが少ない論者となる。
新しいdisの知識を仕入れると同時に、過去に覚えたdisの知識も忘れないようにすれば、着実に真の罵倒芸の姿が見えてくる。
これは、孔子のネット時代でも我々のネット時代でも変わらない事実である。
読者様も、過去に使用していたdisり方を記憶から消去することなく、「遠い未来のどこかの時点でアンティークなdisと評価されるかも?」と期待して思考の引き出しの奥で暖めていよう。