ネタのお言葉『苛烈なニセ科学批判者はこのdisを好み、穏健なニセ科学批判者はこのdisを憎まんには如かざるなり』

 この言葉は、論語の「郷人の善き者はこれを好み、其(こ)の善からざる者はこれを悪(に)くまんには如(し)かざるなり」の罵倒芸版である。
 【意訳
 子貢(しこう)が問いました。「ネット上に居るすべての苛烈なニセ科学批判者たちから褒められるような罵倒芸は、いかががでしょうか」
 孔子が答えました。「その罵倒芸は、まだ十分ではありません」

 子貢が再び問いました。「ネット上に居るすべての穏健なニセ科学批判者たちから窘められるような罵倒芸は、いかががでしょうか」
 孔子が答えました。「その罵倒芸は、まだ十分ではありません」
 「すべての苛烈なニセ科学批判者たちが感涙で応じ、すべての穏健なニセ科学批判者たちが怒号で応じる。それが十分な罵倒芸です」
 【意訳、終わり
 「みんなに賞賛されるdisコメントを作りたい、せめて文句を言われないdisコメントを作りたい」と思うのが通常であるが、現実には何かしらダメ出しをもらうものである。
 どうせ万人に受けないのであれば、聖人君子的なニセ科学批判者すらも一見しただけでスーパーサイヤ人のごとく怒髪天を突くような、ものすごいdisコメントを作ろう。

 「そんなの簡単だ、ひたすら罵詈雑言を書き連ねたコメントを読ませてあげたらいいのだ」と思う御方も居るかもしれないが、聖人君子的なニセ科学批判者はけっこう自制心が強く、普通の罵詈雑言では眉ひとつ動かさず、よくてちらっと微笑みを返してくれるのみである。

 「ならば、一体どういうdisコメントを作ればいいの?」となるわけであるが、残念ながら私も答えが見つからず、藪道を迷いながら歩いているという思考の状態である。
 それほどまでに、聖人君子的なニセ科学批判者から怒りのリアクションを引き出すのは困難な作業なのだ。