ネタのお言葉『愚公、山ほどのdisを書き写す』

この言葉は、列子の「愚公山を移す」の罵倒芸版である。
 【なりたち
 山を移した後で愚公さんが言いました。
 「罵倒芸なるものを探究したいという気持ちになりましたので、ネット上にある全てのdis記事を竹簡に一文字ずつ書き写す作業に入ります」
 言い終えた愚公さんは、さっそく始めました。

 これを見た人々は、忠告しました。
 「ネット上のdis記事は五万とある、老い先の短いあなたには完遂できない作業だ、もっと別の有意義なことに時間を使ったらいい」

 「たとえば、ニセ科学批判者たちのブログやツイッターを朝に夕に閲覧し、専門用語だらけで科学素人には分かりにくい内容の記事が投稿されたら、すかさずダメ出しする、このような日々が有意義な時間の使い方だ」

 愚公は反論しました。
 「私に共感する人々が少ないながらも居ます、私が衰えてdis記事の書き写し作業ができなくなったときは、その人たちが作業を受け継いでくれます」

 これを聞いた空飛ぶスパゲッティ・モンスターは、「老いてなお勉強に励む志の高さ、見事なり」と感心し、竹簡を差し出すよう愚公に指示し、ネット上にある全てのdis記事を一瞬で書き写したうえで返却しました。

 それを見た人々は、外野の批判を涼しい顔でやり過しながら罵倒芸の探究に勤しむことを「愚公、山ほどのdisを書き写す」と言い表すようになりました。
 【なりたち、終わり

 一部の研究者は、これが本来の「愚公山を移す」と考えている。長い時が経つうちに、このエピソードを描いた部分が散逸したのだという。

 それが本当かどうかはどもかく、地味で気の遠くなる小さな作業もあきらめずに続ければ大きなゴールに辿り着く、これについては現代に生きる我々にとっても疑いようがない真実である。

 「何かがおかしいような?」と思われた御方は、「愚公、山ほどのdisを書き写す」をそのまま実行した場合、挫折する可能性が高い。
 そのために、ネット上のどこぞでdis記事を見かけたときは、エッセンスだけを抜き取って参考としよう。