ニセ科学批判批判者のAさんが、自ブログで言いました。
「世のニセ科学批判者たちは、ニセ科学擁護者たちの言い分に間違いがあると必ず取り上げて指摘しているが、これはニセ科学擁護者に反感を覚えさせる行為なのでダメである」
「ほかのものを批判している人はともかく、ニセ科学を批判対象として活動している者には、ニセ科学擁護者たちの気持ちを完全に満足させてあげる義務がある」
「誰が決めた義務なのか? 私である」
「というわけで、今からニセ科学批判者たちは間違いの指摘を封印し、ニセ科学擁護者たちの気持ちが完全に満足するまで言い分を徹底的に聞いてあげたまえ」
すると、ニセ科学批判者のBさんが現れて言いました。
「Aさんのご主張は、理想論としては納得できますが、現実的には厳しいです」
「ニセ科学擁護者たちの心情に寄り添いつつ、遠まわしにふんわりと間違いを指摘する、これならば現実的にも厳しくないです」
Aさんは反論しました。
「貴公には、ニセ科学擁護者たちの気持ちが完全に満足するまで言い分を徹底的に聞いてあげた経験があるかね?」
「なに、【ひとつもございません】とな?」
「ならば、実際に経験した後で私の主張に文句を言いたまえ」
「なお、ツッコミを入れられる前に告白しておくが、私自身もニセ科学擁護者たちの気持ちが完全に満足するまで言い分を徹底的に聞いてあげた経験はない」
「これからも、そのような経験をするつもりはない」
「なぜならば、私は一傍観者にすぎない立場のブロガーだからである」
「ニセ科学擁護者たちの非合理な話につきあう時間など、私は一秒も持っておらんのである」
「これを聞いた読者たちの中には、」
『自分で実施するつもりがない行為をニセ科学批判者たちに義務として負わせようというわけですか、ずいぶんとお偉い立場なのですね』
「という感想を抱いた者が居るかもしれないが、事実として私はお偉い傍観者を自認しているので、オッケーである」
「なお、これを漫画の『ジョジョの奇妙な冒険』風に言い表すと、」
『自分がしないことを、ニセ科学批判者たちに平然と指図する! そんな私にしびれる! あこがれる!』
「となる」
聞き終えたBさんは、「そんなブロガー、修正してやるっ」と思い立ち、disコメントを用意しましたが、
「今まで私は、穏健派のニセ科学批判者というイメージを地道に作り上げてきた」
「ここでdisを公開したならば、穏健なイメージを一瞬で無くすことになる」
と考え直し、かわりに【ほほえみを湛えつつ、しずしずとAさんのブログを去る】という行動を選択しました。
Bさんの後ろ姿を見送った他の読者たちは、「Aさんの物言いに怒りを露にすることもなく退場できるとは、実に抑制の効いたニセ科学批判者だ」感心しました。
【教訓】このように、ネット上で行う対話においては、相手の言い分に多大な理不尽を覚えたとしても、怒りの態度を見せず、反論のコメントも投げず、ニコニコ笑顔で聞いてあげる態度に徹して対話を終えると聴衆から良い評価をもらえます。
これこそが、『アンガーマネジメント』の一番の利点なのです。
(この記事は、次のTogetterまとめを読んだあとで作りました)
yunishio氏と化学物質過敏症