ネタのお言葉『ニセ科学への抑え効かず、嫌になるかな』

 この言葉は、あの「離騒」のニセ科学批判版である。
 【意訳】
 先日、私が愛読していたブログの管理人が、ニセ科学的な説に好意を示した。
 ブログの管理人:「よそで見かけた科学的に怪しい説に、無批判で飛びついて自ブログで紹介する行為も、また勇者といえる」
 「蛮勇ではない」

 他の常連の読者たちも、管理人の言い分を肯定した。
 「ほう、ニセ科学ですか、なんだか面白そうですね」
 「ニセ科学を支持するのも、ありっぽいですね」
 「損するような事態もないでしょうし、数多のニセ科学的な説を、どんどん思考に入れますね」

 もうだめだ。
 あのブログで、私のニセ科学批判を聞いてくれる人は居ない。
 ニセ科学の蔓延を一人で憂いても、あのブログの現状を変えることはできない。

 もはや科学リテラシーの向上を供に語ってくれる人が居ないからには、
 私は傍観のROMの立場に戻るしかない。
 【意訳、終わり】
 そのように屈原は述べたあと、ネット上から永遠に消え去った。