「一部のニセ科学批判界に偉そうな態度を常時見せる者たちが居る、私はずっと忠告しているが事態は変わらない、どうしようもない人たちだ」と述べて議論の勝ちを狙う方法

 ・まずは、自分のブログで次のように主張する。
 「一部のニセ科学批判界には、偉そうな態度を常時見せている者らが居る」
 「科学素人と対話する際もそうなので、科学素人は反感だけを覚えて去っていく」
 「そんな説得に失敗する対話のログが、ネット上に五万と積み重なっている」

 「憂慮した私は、ソフトな態度に改めるよう数十年前から忠告してきたが、無視され続けている」
 「私も忠告するのがそろそろ飽きてきた、見限る時が来たのだ」

 「私が見限った後は、偉そうな態度を見せるニセ科学批判者たちに対して忠告してあげる人が居なくなり、ますます偉そうな態度のニセ科学批判者たちがつけあがり、ニセ科学批判界に対する評判が地に落ちるわけだが、もうどうしようもない」

 「ちょっと待ってください、そんな事態になるのは嫌ですというのであれば、今日こそ私の忠告を受け入れて偉そうな態度を封印したまえ」

 ・ニセ科学批判者たちが現れて質問する。
 「偉そうな態度を常時見せているというニセ科学批判者の具体名を教えてください」
 
 ・答えてあげる。
 「私から具体名を明らかにするのは野暮である」
 「どうしても知りたければ諸君の胸の内に聞きたまえ、『あの人のことかしら、この人のことかしら?』という感じで具体名がぼやあっと浮かんでくる」

 ・ニセ科学批判者たちから、「あくまで仄めかしで済ます態度、ぶれない芸に感心する」という声が出たら、ミッションコンプリートである。

 【この芸で気をつける点
 「具体名を教えてください」と言われたときのリアクションとしては、次の三つがある。
 1:具体名を教える。
 2:何も答えず、別の話題に移る。
 3:「あなたの胸の内に聞きましょう、そうすれば自ずと分かります」と自問を促す。

 この中では、3つ目のリアクションがもっとも手軽である。
 なにしろ具体名を教えた場合は、「いつの、どこの、どのような文脈のコメントを偉そうな態度と判断したのですか、具体例を提示しながら詳細に説明してください」となり、どんどん面倒な議論に発展してしまう。

 かといって何も答えず別の話題に移った場合は、「なにか都合の悪いことでもあるのだろうか、実は単なる個人的な印象論に過ぎず、第三者の検証に耐えられない主張だったとか?」と思われてしまう。

 それに比べて「あなたの胸の内に聞きましょう、そうすれば自ずと分かります」と言ってあげた場合は、
 「たしかに自分で考えて自分で答えを出す作業は大切ですね、自己成長につながるステップです」
 「分からないことがあるからといって、すぐに他人に質問して答えを知ろうとするのは安易な思考だからダメですよね、今後は気をつけます」
 と納得して帰ってもらえる。

 しかも、「一応は答えてあげた」という事実があるために、「具体名を教えてくれないのはなぜですか」とニセ科学批判者たちから問われても、
 「はて? その件については、先ほどお返事したはずだが? 私の話をしっかり聞いていない? やれやれ、これだから諸君はダメなのだ」
 と呆れることができる。
 聴衆も、「ニセ科学批判者たちは何を寝ぼけているのだろう、ちゃんと答えてもらっているのに」と呆れる。
 それゆえ具体名を問われた際に、「あなの胸の内に聞いてください、自ずと分かります」と述べることが自分にとって最善という結論になる。

 「そんな結論になりません」と思われた御方は、この芸そのものが向いていない可能性が高いために、実行を控えておくと無難である。

 以上、「一部のニセ科学批判界に偉そうな態度を常時見せる者たちが居る、私はずっと忠告しているが事態は変わらない、どうしようもない人たちだ」と述べて議論の勝ちを狙う方法であった。
 (この記事は、次のツイートとはてなブックマークにインスピレーションして作りました)
 shanghai_ii さんのツイート
 以前から指摘してるけど、相変わらず、一部ニセ科学批判界隈は、アブダクションに欠陥やバイアスがある気がしますね。


 NOV1975さんのコメント
 一部そうだ、というご意見は正しいのだろうがそれだけだと生産性がゼロだな