創作小話『悪しき相対主義者を迎え入れたニセ科学批判ブロガー』

 そのニセ科学批判ブロガーであるAさんは、器の大きな人物という評価を世間からもらいたいと思い、
 悪しき相対主義者を自ブログに迎え入れて厚遇しました。

 別のニセ科学批判者であるBさんは、Aさんの態度を見て驚きました。
 「いったい、なにをやっているのですか!?」
 「そうやって、悪しき相対主義者を甘やかしていたら、次第に調子に乗って、抽象的で曖昧な論をネット上で乱発して、」
 「Aさん一人どころか、多くの人々を消耗に追い込んでしまうんですよ!?」

 【教訓】これは、悪しき相対主義に魅力を感じて思考に組み込んだ論者は、
 「議論で一人勝ちできるのは良いけれど、なんだか虚しい勝ち方だな、もうやめようかな?」
 と思っても簡単にはやめられないというお話です。

創作小話『空飛ぶスパゲッティ・モンスターに論戦を挑んだ者』

 その悪しき相対主義者であるAさんは、空飛ぶスパゲッティ・モンスターに遭遇したので、質問しました。
 「あなたは、科学の支持者ですか、それとも、ニセ科学の支持者ですか」

 Aさんは、空飛ぶスパゲッティ・モンスターが「科学の支持者だ」と答えたときは、ニセ科学を擁護し、
 空飛ぶスパゲッティ・モンスターが「ニセ科学の支持者だ」と答えたときは、科学を擁護し、
 「中立だ」という答えが返ってきたときは、
 「質問から逃げていますね、立場をはっきりさせなさい、それでもモンスターですか」
 と言ってあげようと考えていました。
 「こうすれば、どうやっても私の勝ちとなるのだ」

 ところが、空飛ぶスパゲッティ・モンスターは何も答えず、どこかへ行ってしまいました。
 Aさんは、感心しました。「なるほど、スルー芸か」
 「私の考えなど、とっくにお見通しというわけか。なかなか、洞察力の優れたスパゲッティだ」

 【教訓】これは、まともな科学とニセ科学をごっちゃにして語ってドヤ顔で締めくくるという態度を見せ続けていると、
 やがて誰にも話を聞いてもらえなくなるという例え話です。

創作小話『モヒカン的なブログを見つけて悩み続けた者』

 その科学素人であるAさんは、自ブログで科学に関する記事を書いて公開しましたが、心配になりました。
 「一応は推敲したけれど、まだ間違いが残っているかもしれないし、いったん記事を非公開にしたほうがいいかしら」

 その後、モヒカン的なブログを見つけたAさんは、悩みました。
 「あのモヒカンさんに来てもらって、私の記事をチェックしてもらおうかしら」
 「でも、苛烈に修正されて私は疲弊するかもしれないし、やはり来てもらわないほうがいいかしら」

 「あのモヒカンさんのブログを熟読すれば、私自身で記事をチェックできるようになるかしら」
 「でも、あのモヒカンさんのブログは科学の専門用語が多くて、読み進めるのが難しそうだし、」
 「いったい私は、どうすればよいのかしら」

 そうして悩んでいるうちに、別のモヒカン的論者が現れて散々に修正してきたので、Aさんは疲弊しました。

 【教訓】この話は、自分よりも科学リテラシーの高い人から情報を得るチャンスがあるときは、すぐに行動しないと後で悔やむ羽目になることを教えています。

創作小話『世のすべてのニセ科学批判者たちに勝てる秘策の巻物』

 その主人公であるAさんは、「世のすべてのニセ科学批判者たちを相手にした議論で一人勝ちできる秘策」を思いつき、急いで巻物に記しました。
 「これは、とっても大事なものだから、誰にも知られないように家の裏山に埋めておこう」

 そのように考えたAさんは、巻物を裏山に埋めました。
 しかし、心配性のAさんは、それから毎日様子を見に行きました。
 「よしよし、今日もちゃんと埋まっているな」

 それを遠くから見ているBさんが居ました。
 家と裏山をひっきりなしに往復しているAさんの姿を不思議に思ったBさんは、ある日こっそりとついて行きました。
 そこでAさんの秘密を知ったBさんは、Aさんが居ないうちに埋めてあった巻物を掘り出して、失敬しました。
 Bさんの正体は、泥棒でした。

 Aさんは、大切な巻物が無くなっている状況を見て、大いに嘆きました。
 それを聞きつけたCさんは、同情してあげようと思いましたが、
 ことの次第をAさんから打ち明けられると、Cさんは冷静な声でアドバイスしました。
 「それならば、今度は『なんの生産性もないダメなニセ科学批判批判』を巻物に記し、それを裏山に埋めるとよい」
 「今まで埋めていた巻物も役に立てることはなかったのだから、同じことだ

 【教訓】この話は、せっかく役に立つニセ科学批判批判を思いついても、実際の運用が上手くなければ失敗に終わるという現実を明らかにしています。

創作小話『モヒカン的な論者たちとの議論で一人勝ちしたと述べる者』

 その村には、「科学的な議論ができない人」「有意義な議論が形成できない人」「詭弁を使ってでも議論に勝とうとする人」という評判のAさんが居ました。

 面白くないと思ったAさんは、「本当の自分はすごい論者なんだぞ」というアピールを村の広場で実行しました。
 「昨日のできごとですが、私はモヒカン的な論者たちが住んでいる村に赴いて、片っ端から論破してあげました」
 「いやあ、そのときの私の勇壮な姿を見せてあげたかったですね」

 それを聞いた村の人たちは、感想を述べました。
 「ならば、そのときの議論がどんなものだったのか、今ここで内容を話せばよい」
 「そうすれば、我々はAさんの勇壮な姿を確認できる」

 Aさんは、「それなんですが、あのときの議論がどんなものだったか、すべて忘れてしまいました」と言って、急いで広場から去りました。

 【教訓】この話は、自分の評判を無理に上げようとして有りもしない実力を声高に宣伝すればかえって評判が下がるという現実を明らかにしています。

創作小話『科学リテラシーの高さで言い争いしていたムラビト的論者たち』

 二人のムラビト的論者が、言い争いを始めました。
 「このぼくは、科学リテラシーがむっちゃ高いんだぞ」
 「私こそ、科学リテラシーがハイパーなんですよ」

 二人の言い争いは白熱し、つかみ合いにまで発展しました。
 その様子を、遠くからじっと見つめる者が居ました。モヒカン的な論者でした。
 二人のムラビト的論者のうち、勝ったほうを先に吊るしあげようと待ちかまえていたのです。

 それに気がついた二人のムラビト的論者は、相談しました。
 「あのモヒカン的な論者のえじきになるくらいなら、けんかをやめて、和む議論を形成したほうが良いですね」

 【教訓】この話は、つまらないことで言い争ったあとに残るのは消耗感だけということを、例えています。

創作小話『ニセ科学批判を続けることはできないと判断した者』

 ニセ科学に利するブログ記事を見つけたAさんは、さっそく批判しました。
 すると、どこからともなく大勢の人々が集まってきて、Aさんに抗議しました。
 「ニセ科学に利するブログ記事を書いた人は、読者が少ない過疎ブロガーであり、放置すべき相手である」
 「それにもかかわらず、わざわざ取り上げて批判するとは何事か」
 「これだから、世のすべてのニセ科学批判者はダメなのである」

 それを聞いたAさんは、嘆息しました。
 「この人たちは、あのブロガーがニセ科学に利する発言をしていたときは、沈黙していた」
 「私が取り上げて批判すると、この人たちは私を非難した」
 「このありさまでは、ニセ科学批判の活動を続けることなど到底かなわない。引退しよう」

 言い終えたAさんは、人里から離れた岩山の頂上に小さな庵をセルフビルドして移り住み、朝に夕に世の不条理を嘆いて余生を終えました。

 【教訓】この話は、自分自身では正論と考えて公開した一言が大炎上に発展する場合もあるという現実を明らかにしています。

創作小話『記事を批評されて愚痴を述べたブロガー』

 その主人公であるAさんは、愚痴を述べました。
 「私のブログの評判が、最近よろしくない」
 「おそらくは、はてなブックマークに集まっている人たちが、次のように言っていることが原因だろう」

 『A氏の書く記事は、科学的に間違っている部分がありすぎる』
 『しかも、それを読者から指摘されたA氏は、相手の誤読のせいにして知らん顔を決めている』
 『ネット上で一番に科学リテラシーが高いブロガーですと自称しているA氏だが、そんなアピールはそろそろやめてほしい』
 『いや本当に、A氏の科学的に間違っている記事を真に受けて変なことを言いだす科学素人さんたちが、実際にいらっしゃるんですよ』

 「こんなことを言っている人たちの大半は、自ブログを持っていないようだが、」
 「自ブログを持っていない人たちに、私の記事をあれこれ批評する資格があるだろうか?」
 「いや、無い」
 「というわけで、自ブログを持っていない人たちは、永遠に沈黙を保っていなさい

 それを聞いた自ブログを持っていない人たちは、それぞれ新しくブログを開設したうえで、Aさんの記事を批評しました。
 そのために、『Aさんが書く記事は科学的な間違いが多いらしい』という噂が、より世間に拡大しました。

 その状況を確認したAさんは、「愚痴を述べ、ますます増える、風当たり」と一句詠んでブログを閉鎖しました。

 【教訓】この話は、「自ブログを持っていない人たちに私のブログ記事を批評する資格はない」と主張すると、
 批評する人の数が以前よりも増えるという現実を明らかにしています。

 (この記事は、以下の「はてなブックマーク」にインスピレーションして作りました)
 はてなブックマーク - はてブで「お前のブログ面白くないよ」という人に限ってブログを書いていない件について - 近畿地方から送るゆる~いブログ

創作小話『空飛ぶスパゲッティ・モンスターから「実現するのに厳しい助言」をもらったムラビト的ブロガー』

 ムラビト的な論者であるAさんが、新しく公開したブログ記事のミスを苛烈なニセ科学批判者からさんざんに修正されて、疲弊しました。

 対処に困ったAさんは、空飛ぶスパゲッティ・モンスターに助けを求めました。

 空飛ぶスパゲッティ・モンスターは助言しました。
 「苛烈なニセ科学批判者が現れた時点でお前が科学的に正しい反論を展開しておれば、」
 「苛烈なニセ科学批判者は驚きつつも感心し、お前を一目置き、」
 「その後の議論が穏やかに進行し、神経を消耗する間もなく相互理解に達していたであろう」

 Aさんは言いました。「その実現はタイムマシンでもない限り無理です」
 「とはいえ、今後の参考にはなりました」
 「同じ事態が起きた未来のどこかの時点で授かった助言を生かしてみせます」

 【教訓】この話は、科学的に間違っている主張を公開して物議を醸しても速やかに反省の態度を見せれば炎上が小さいうちに収まるという現実を明らかにしています。

創作小話『悪しき相対主義者に味方を頼んだブロガー』

 科学素人であるAさんのブログが、モヒカン的論者のターゲットになりました。

 モヒカン的論者の批判に耐えかねたAさんは、悪しき相対主義者に味方になってほしいと頼みました。

 悪しき相対主義者は承知して、自論を述べました。
 「Aさんの科学的間違いを批判するモヒカンさんの行為は、ニセ科学を擁護する行為と相対的に同じです」
 「モヒカンさんは、ニセ科学批判者であると同時に、ニセ科学擁護者でもあります」
 「ゆえに、モヒカンさんにはAさんを批判する権利がないという結論になります」
 「これは、絶対的な中立の傍観者である私の言っていることですので、絶対的に正しい結論です」

 それを聞きつけた別のモヒカン的論者たちが、「みつけたぜ~、えものだぜ~」と言って、次々に集まってきました。
 以前よりも多くの批判を受けることになったAさんは、反省しました。
 「これは当然の結果だ」
 「どうして私は、見境もなく悪しき相対主義者などを味方に選んでしまったのだろう」

 【教訓】これは、ネット上で見知らぬだれかに味方を申し込むときは、相手の能力をよく見極めたうえで申し込みましょうという、たとえ話です。