「もしも古株のニセ科学批判者が、『Ζガンダム』のワンシーンを間違って覚えていたら」と考えました

 シロッコ:「地球上でニセ科学の蔓延を阻止できなかったニセ科学批判者どもに、何ができた?」

 シロッコ:「常に科学素人たちのブックマークを掴んできたのは、まともな科学とニセ科学をごっちゃにして語る、一握りの悪しき相対主義者だ!」

 カミーユ:「僕と観測範囲が違う!」

 シャア:「カミーユ、絶対の傍観者を名乗って高みの立ち位置から我々の活動にいっちょ噛みするシロッコなど、相手にするな!」

 カミーユ:「いやだ、あんなニヒリズムに落ちた大人、僕が修正してやる!」

 ハマーン:「科学コミュニケーションの専門家を自称しながらも、科学者集団と大衆の間を分断することに勤しむシロッコは、ネット上から排除すべきだ!」

 シャア:「これが、若い世代のニセ科学批判か」

 ロザミィ:「見つけた、時代に追いつけなかったおじさん♪」

「もしもアニメ『ポケットモンスター サン&ムーン』の登場人物であるハプウさんが、悪しき相対主義者と対峙したら」と考えました

 ナレーター:「ハプウが運営しているブログのコメント欄に、悪しき相対主義者が現れました」

 悪しき相対主義者:「ニセ科学とまともな科学は、相対的には同じです」

 ハプウ:「なんじゃ、おぬし? あやかしか?」

 悪しき相対主義者:「あやかしとまともな科学は、相対的には同じです」

 ハプウ:「話が通じぬ……さては荒らしじゃな?」

 悪しき相対主義者:「荒らしとまともな科学は、相対的には同じです」

 ハプウ:「荒らしは成敗してくれるわ、ゴルーグ、ラスターカノンじゃ!」

 ゴルーグ:「ゴー、ルー」

 悪しき相対主義者:「ラスターカノンとまともな科学は、相対的には同じです」

 ナレーター:「ラスターカノンの効果は、いまひとつでした」

 ハプウ:「ほう、荒らしのくせに耐えるとはのう……しかし次で終わりじゃ、バンバドロ、10まんばりきじゃ!」

 バンバドロ:「ヒヒーン」

 悪しき相対主義者:「10まんばりきとまともな科学は、相対的には同じですって、ぐは!?」

 ナレーター:「10まんばりきの効果は、ばつぐんでした」

 悪しき相対主義者:「やな心象ーっ」

 ナレーター:「吹っ飛びながら退場しました」

 ハプウ:「どうじゃ、荒らしをすればどうなるか分かったであろう、二度とわらわのブログに来るでない」

 サトシ:「なにあのブログ主、すげー強いじゃん、さっそくdisバトルを申し込もうっと」

 ナレーター:「このような経緯でサトシはハプウの存在を知ったのでした」

「もしも穏健派のニセ科学批判者が、老子の『正言は反のごとし』という言葉の意味を間違って覚えていたら」と考えました

 「正しい科学の啓蒙は反科学のごとし」
 「ニセ科学的な説を信じている人にとっては、ニセ科学批判者の言い分こそ怪しく思えるわけであり、非合理な話を聞かされているようでうんざりするのです」

 「これを踏まえつつ、ニセ科学擁護者の心情に寄り添いながら優しく遠まわしのダメ出しを実行すれば、反感を持たれて物別れに終わる事態も少なくなり、」
 「それどころか、『ネット上で一番に頼れるニセ科学批判者だ、弟子にしてください』という言葉がもらえる日の到来も、ぐっと近くなります……という意味」

「もしも罵倒芸の論者が、呉子の『先ず和して而(しか)る後に大事を造(な)す』という言葉の意味を間違って覚えていたら」と考えました

 「まず和やかな下地をこしらえると思惑外の大disを成す」
 「ネット上でdisり合いを行う際には、論者の皆が、」
 『有意義なdisで語り合いたいな、事情を知らない人でも一読で得心するようなdisログにしたいな』
 「と思って参加すれば、当初に予想した利益をはるかに上回るものすごい結果が出て皆が唖然とするのです……という意味」

ネタのお言葉『disのコメント、良い出来に非ざるはなく、disのコメント、悪い出来に非ざるはなし』

 この言葉は、荘子の「もの、あれに非(あら)ざるはなく、もの、これに非ざるはなし」の罵倒芸版である。
 【意訳
 あれやこれやと文章の構成を試行錯誤して、ようやく仕上げたdisコメントをネット上にアップして、
 「今日もまた、美しいdisコメントを読者さまにお見せすることができましたわ」と感慨に浸るも、しばらく時が経って見直せば、
 「あらら? こんな変なdisのコメントを、あたくしは書きましたかしら?」となります。

 あるいは、「なんとなく調子が悪いから、今日は適当にdisって終わろうかな……」という感じで公開したdisコメントであっても、しばらく時が経って見直せば、
 「これはすごい、誰よりも的を射たdisだ、いったい誰のdisだろう? はっ!? 僕が書いたdisじゃん!」となります。
 このように、ネット上でしばらく罵倒芸を行っていると、良い出来だったはずのdisが悪い出来のdisに見えてしまったり、その逆パターンも発生したりします。

 というわけで、「これこれこのように仕上げたdisだけが良いdisといえるのだ、それ以外の方法で作ったdisはダメなdisなのだ、そんなの絶対に公開してはいけないdisなのだ」などと固く考えず、
 「腹八分という言葉もあるように、まあまあよく出来たdisのコメントならば、それでよしとする」という緩やかな規律を自分に課しましょう。
 そうすることにより、ゆったりとした気分で画面と向き合うことが可能となり、引退する日が来るまで心の落ち着いた罵倒芸を行うことができます。
 【意訳、終わり
 そのように荘子はアドバイスしている。

「もしもニセ科学批判者が、アニメの『機動戦士ガンダムZZ』で使用されたセリフ、『大人達が勝手に始めた戦争に、なんで子供の俺達が戦って、尻拭いしなきゃならないんだよ』を間違って覚えていたら」と考えました

 「ニセ科学推進者たちが勝手に作って広めた科学的に怪しい言説を、なんで僕たちが手弁当で批判してまわって、ニセ科学信奉者たちの反発をくらって、悪しき相対主義的な傍観者からのダメ出しまで聞いて、後始末しなきゃならないんだよ!」

ネタのお言葉『まともな科学を推奨する声は無く、ただ猛りを書きなぐったログが流れ』

 この言葉は、あの王安石の漢詩『鍾山即事』(しょうざんそくじ)の罵倒芸版である。
 【意訳
 その日の私は、ニセ科学の擁護を声高に叫びながらブログ記事の量産に励む者の姿を、ネット上の片隅で発見した。
 幾星霜も論争した末の結果であろうか、世のニセ科学批判者たちに対する私怨の記事も、いくつか披露されていた。
 暴言も辞さないブログ主の悪辣な態度は、支持者たちも哀しく思い、シュンとうなだれている。

 見かねていっちょ噛み的な諫言を送った私であったが、ブログ主はキレ芸を山ほど晒すだけに終わり、かえって憂鬱な雰囲気が強化されてしまった。
 【意訳、終わり
 そのような出来事があったと王安石は鍾山の向かいで記している。

「もしも『北斗の拳』に登場する監督の修羅さんが、『一頭の猿の行動を一年間リアルタイムで報道するテレビ番組』を村人たちに対して強制的に視聴させていたら」と考えました

 監督の修羅「おら~、村人ども~、猿の番組を見るのだあ~」
 監督の修羅「猿の番組を一秒でも見逃すと、お前たちの情報リテラシーがゼロになるぞ~」

 監督の修羅「そうなったら、お前たちは数多のニセ科学に騙されて、一斉に破産するぞ~」
 監督の修羅「そんな事態を懸念した俺様ゆえに、お前たちはこれから一年間、リアルタイムで猿の番組を視聴し続けるべきという理屈になるんだぞ~」

 監督の修羅「わかったのならば、急いでテレビの前に集まるのだあ~」
 監督の修羅「おお? はっはっは、見ろ、村人の奴ら、俺様の言うことを素直に受け入れて、かぶりつきで猿の番組を見始めたぞ~」
 監督の修羅「う~ん、感心、感心」

 ケンシロウ「そんなに感心するのなら、お前が猿の番組を見ていろ」

 監督の修羅「へ? はへ? いやいや、俺自身が猿の番組を一年間リアルタイムで見続けるのはお断りだって……てべぼ!」
 近くに居て巻き添えになった別の修羅「うわあ~、なんで俺様まで一年間、猿の番組を~!?」

「もしも『Ζガンダム』のクワトロさんとカミーユさんが、ありえない言動を見せる論者の実在性について語っていたら」と考えました

 クワトロ「聴衆に向かって、」
 『ネット上で議論を行う際は、【誰が発言しているかによって是非を判断する】という態度を見せてはいけません。【発言の内容に的を絞って是非を判断する】という態度が望ましいのです』
 「と説教した後、他所の議論の場に乗り込み、」
 『あなた方の職業は?』
 『あなた方の学歴は?』
 『あなた方の趣味は?』
 『あなた方は、きくまこさんやNATROMさんが行っているニセ科学批判に対して、いかがな感想をお持ちですか?』
 『肯定的な感想や中立的な感想を持った場合、あなた方は自動的に私の論敵と決まります』
 「と述べてドヤ顔で締めくくる論者が、一人くらいは実在するはずだ。その者をネット上で探せ、行くぞ!」

 カミーユ「居るわけないだろ、そんな言動を見せる論者なんて!」

創作小話『科学的にダメな記事を書いたブロガーと、穏健なニセ科学批判者』

 Aさんが自ブログで主張しました。
 「この私は、『disの能力を通常の3倍に向上させる罵倒芸イオン』が実在すると確信している」
 「なぜならば、『罵倒芸イオンがこの宇宙のどこにも存在しない』ということを、証明した者が居ないからである」
 「ゆえに、罵倒芸イオンは実在しているといえる」
 「この主張を『なんじゃそら?』と思った者は、『罵倒芸イオンがこの宇宙に存在しない』という証拠を出してくれたまえ」

 すると、穏健なニセ科学批判者を名乗るAさんが現れて意見しました。
 「Aさんの主張は、説得力が今ひとつです」
 「プロの科学者たちの世界においては、『新規な主張をする人自身が確かな根拠を示す義務がある』と聞いています」
 「ここはひとつ、Aさんご自身で罵倒芸イオンの実在を示す証拠を探して公開してはいかがでしょうか」

 Aさんは、Bさんの態度を批判しました。
 「一読者の分際で、私の主張を頭ごなしに否定して、とどめに『己が先に自説の証拠を示せ、この科学おんち』と発言するとは何事か」
 「話を逸らすB氏こそ、私の主張が間違っているという証拠を出したまえ」
 「それがニセ科学を批判する者の義務である」

 これを聞きつけた苛烈なニセ科学批判者が、Aさんのブログに興味を持って、じっくりゆっくりと読み始めました。
 ただならぬ雰囲気を感じたAさんは、Bさんにお願いしました。「さっきの話は冗談だ、なかったことにしてほしい」

 Bさんは、困った様子で言いました。
 「私自身はかまいませんが、Aさんの今度の相手は苛烈なニセ科学批判者です」
 「Aさんの話が冗談だろうと本気だろうと気にせず修正してきますよ」

 【教訓】この話は、立証責任の転嫁を気楽に続ければ続けるほど苦しい状況に追い込まれるという現実を明らかにしています。