「もしも罵倒芸の論者が、アニメ『ポケットモンスター ダイヤモンド&パール』の第84話【ウラヤマさんちの大食いウリムー!】に登場するウラヤマさんの台詞を間違って覚えていたら」と考えました

 ナレーター:「突然に訪問してきた見知らぬ他人のサトシたちに、ウラヤマさんは余裕の態度で自宅を案内しました」

 ウラヤマ:「はっはっは、どうだい、私の館の裏庭は」

 ウラヤマ:「広いだろう? うらやましいだろう? 管理が大変そうだろう?」

 ウラヤマ:「それぞれ違った芸風を見せるポケモンたちが棲み着いているだろう? たとえば、」

 『自分は無名の疫学素人だ、しかし直感の鋭さはネット上で一番の人だ』

 ウラヤマ:「と表明し、疫学の玄人たちが居るログに自信満々で乗り込んで論戦を挑み、これでもかというほどの修正をもらった後、」

 『この私は、疫学素人なりの意見を述べたまでのこと

 『この私は、個人的にこしらえた主観データを公開したまでのこと』

 『あまりに世間知らずな諸君の言動を憂慮した私は、【こんな疫学素人もネット上の片隅に居ますよ、今後の啓蒙活動の参考にしてくださいね】と情報提供したまでのこと

 『その私に向かって諸君がマジな批判を突き出すとは何事か』

 『これだから世のすべての疫学玄人たちはダメなのである』

 ウラヤマ:「と強引に一般化して結論する芸風のポケモンも、居るだろう?」

 ウラヤマ:「いやあ、私も、」

 『論戦の負けが確定した状況にもかかわらず、あれやあこれやと言い訳し、逆に自分が勝っているかのような雰囲気を出してドヤ顔の、プライドの高さだけはネット上で一番の疫学素人』

 ウラヤマ:「という芸風を披露するポケモンに成りたいものだよ、はっはっは」

 ヒカリ:「ポケモンバトルでピンチになったら無理筋な勝利宣言を発動する特性のウリムー、ゲットで大丈夫!」

 サトシ:「よかったな、ヒカリ」

 サトシ:「これからは、【どんな御題の論戦でも負けない自分、最低でも、イーブンで終わる自分】を演出できるな」

 タケシ:「その演出を鑑賞した今までの支持者たちは、【ヒカリさん……変わってしまったな……】と失望して離れても、【そんなヒカリさんは有り!】と肯定する新たな支持者たちが現れるってわけだ」

 モニカ:「もうすぐ、カンナギタウンでマウンティング大会が開催されます、ヒカリさんも参加されてはいかかでしょうか」

 ヒカリ:「ようし、先日のミクリdisカップに続く優勝を果たすんだから!」

 ウラヤマ:「うんうん、また私の裏庭に来てポケモンたちの芸風を盗んでくれたまえ、はっはっは」(おわり)

「もしもアニメ『ポケットモンスター』の登場人物であるゴウさんが、インターネットを閲覧していた際に、それまでの人生で見たことのない芸を実行している論者の姿を目撃したら」と考えました

ゴウ:「おや? あの論者の再反論の仕方、どこかおかしいぞ?」

ゴウ:「みんなからのツッコミに対して、真正面から答えていないぞ?」

ゴウ:「気になるから図鑑で調べてみよう、スキャンボタンをポチっ」

ロトム図鑑:「論点のすり変えぇ!

ロトム図鑑:「議論の流れが自説にとって不利になるとぉ、別の話をひたすら語りぃ、議論をうやむやで終わらせるぅ!」

ゴウ:「なるほど、論点のすり替えという技か」

ゴウ:「いつの日にかミュウをゲットするという俺の夢に役立つか否かはともかく、」

ゴウ:「サトシとディベートを行う際には、重要な奥の手となるかもしれない」

ゴウ:「一応は思考にインプットしておこう、それっ」

ロトム図鑑:「ナーイス! ゴウの芸風に論点のすり替えが追加されますぅ!」

ゴウ:「どうだラビフット、俺の芸の幅が拡くなったぞ」

ラビフット:「……」

ゴウ:「リアクション無し? クールハートか? ヒバニーの時の陽気は、どこへ行ったんだ?」

サトシ:「おいおいゴウ! 俺たちが住むこの世界にはな、進化すると性格が変わるポケモンも居るんだぜ!」

ゴウ:「ふうん、それは知らなかった、ありがとう……って、サトシ居たのか」

サトシ:「ああ居たさ! ゴウが論点のなんちゃらを思考にイノセントした時からな!」

ゴウ:「そうなのか? じゃあ、ディベートするか?」

サトシ:「だが断る!……言い間違えた、ディベートする!」

ナレーター:「こうしてサトシとゴウは、インターネットの閲覧を中止してディベートを始めました」

ゴウ:「だから『思考にイノセント』じゃないって、『思考にインプット』だって」
サトシ:「えっ、君は千パーセント?」
ゴウ:「それはオメガトライブだって」
サトシ:「えっ、オロチのライトが眩しい?」
ゴウ:「それはモンスター銀河だって」
サトシ:「えっ、モエタランガ?」
ゴウ:「……。ちがうっつーの!」

ナレーター:「次第に意地の張り合いとなり、双方とも『お前にだけは負けたくないっ』となり、ついには非難合戦となりました」

ゴウ「なんだよ、その直感ありきの論は!」
サトシ「そっちこそ、客観的なデータで攻めてくるって、ずるいぞ!」

サクラギ博士:「おーい、サトシ君とゴウ君、調査して欲しいことがあるからガラル地方まで行ってきてもらえないか……」

サクラギ博士:「って、すごい雰囲気だな、自己主張の練習かい?」

サクラギ博士:「自分の考えをちゃんと言える若者たち、感心、感心」

サクラキ博士:「ゆえに今日の出張は免除してあげよう」
(おわり)
コハル:「……あたしの出番は?」
ワンパチ:「……ぼくのでばんは?」
ピカチュウ:「よかった、ぼくはかんぜんオフのひだった」

「もしもモヒカン的な論者が、織田信長と無辺の話を間違って覚えていたら」と考えました

 ナレーター:「信長のブログでニセ科学問題の議論が始まると、無辺が現れて言いました」

 無辺:「この世に絶対などありません、すべては相対です」
 「たとえば、ニセ科学批判者たちが『ダメダメですやん……』とあきれて却下する説であっても、ニセ科学擁護者から見れば『断然、有りな説だ! 思考回路の真ん中に組み入れよう!』となります」
 「以上の主張は、絶対に正しいです」

 信長:「ネット上で悪しき相対主義を公開する論者は、化け物染みた批判耐性を持っているかもしれぬ」
 「吊るし上げにしてみよう、ネットモヒカンどもを用意せよ」

 無辺:「先程の主張は、次の思惑で為されたものです」
 『自分の視野の広さをアピールしたい』
 『ゆえに、深山の頂きに設置した安楽椅子に座り、下界の喧騒をぼんやりと眺め、いっちょ噛み』
 『皆が議論している内容に関心はない、私は一人で勝っている自分を演出できたら満足だ』

 信長:「これより以降はニセ科学問題の解決に与しないコメントの投稿を控えよ」

 ナレーター:「その後、無辺は別のブログでも、」
 『中立の傍観者を自称しながらニセ科学に利する発言をブイブイ云わし、ドヤ顔で締めくくる』
 「という態度を見せていたことが発覚し、信長はアクセス禁止の処分を言い渡しました」

 『教訓』このように、「ニセ科学問題の議論に途中参加して一人勝ちを達成したい、最低でも、ニセ科学批判者たちの主張の矮小化は図っておきたい」と考える論者は、追放される事態を想定しておきましょう。
 参加したタイミングで言いたいことを全て言い終えるように、予めコンパクトなコメントを作っておきましょう。

 それをしなかった場合、『あれを言っておきたい! これも言っておきたい!』という思いが抑えきれず、だらだらと長いコメントを作って投稿しているうちに追い出され、「散漫な語りで終わってしまった、真に言いたかったことをみんなに分かってもらえなかった」と後悔する世界線に分岐します。

「もしも古株のニセ科学批判者が、『Ζガンダム』のワンシーンを間違って覚えていたら」と考えました

 シロッコ:「地球上でニセ科学の蔓延を阻止できなかったニセ科学批判者どもに、何ができた?」

 シロッコ:「常に科学素人たちのブックマークを掴んできたのは、まともな科学とニセ科学をごっちゃにして語る、一握りの悪しき相対主義者だ!」

 カミーユ:「僕と観測範囲が違う!」

 シャア:「カミーユ、絶対の傍観者を名乗って高みの立ち位置から我々の活動にいっちょ噛みするシロッコなど、相手にするな!」

 カミーユ:「いやだ、あんなニヒリズムに落ちた大人、僕が修正してやる!」

 ハマーン:「科学コミュニケーションの専門家を自称しながらも、科学者集団と大衆の間を分断することに勤しむシロッコは、ネット上から排除すべきだ!」

 シャア:「これが、若い世代のニセ科学批判か」

 ロザミィ:「見つけた、時代に追いつけなかったおじさん♪」

「もしもアニメ『ポケットモンスター サン&ムーン』の登場人物であるハプウさんが、悪しき相対主義者と対峙したら」と考えました

 ナレーター:「ハプウが運営しているブログのコメント欄に、悪しき相対主義者が現れました」

 悪しき相対主義者:「ニセ科学とまともな科学は、相対的には同じです」

 ハプウ:「なんじゃ、おぬし? あやかしか?」

 悪しき相対主義者:「あやかしとまともな科学は、相対的には同じです」

 ハプウ:「話が通じぬ……さては荒らしじゃな?」

 悪しき相対主義者:「荒らしとまともな科学は、相対的には同じです」

 ハプウ:「荒らしは成敗してくれるわ、ゴルーグ、ラスターカノンじゃ!」

 ゴルーグ:「ゴー、ルー」

 悪しき相対主義者:「ラスターカノンとまともな科学は、相対的には同じです」

 ナレーター:「ラスターカノンの効果は、いまひとつでした」

 ハプウ:「ほう、荒らしのくせに耐えるとはのう……しかし次で終わりじゃ、バンバドロ、10まんばりきじゃ!」

 バンバドロ:「ヒヒーン」

 悪しき相対主義者:「10まんばりきとまともな科学は、相対的には同じですって、ぐは!?」

 ナレーター:「10まんばりきの効果は、ばつぐんでした」

 悪しき相対主義者:「やな心象ーっ」

 ナレーター:「吹っ飛びながら退場しました」

 ハプウ:「どうじゃ、荒らしをすればどうなるか分かったであろう、二度とわらわのブログに来るでない」

 サトシ:「なにあのブログ主、すげー強いじゃん、さっそくdisバトルを申し込もうっと」

 ナレーター:「このような経緯でサトシはハプウの存在を知ったのでした」

「もしも穏健派のニセ科学批判者が、老子の『正言は反のごとし』という言葉の意味を間違って覚えていたら」と考えました

 「正しい科学の啓蒙は反科学のごとし」
 「ニセ科学的な説を信じている人にとっては、ニセ科学批判者の言い分こそ怪しく思えるわけであり、非合理な話を聞かされているようでうんざりするのです」

 「これを踏まえつつ、ニセ科学擁護者の心情に寄り添いながら優しく遠まわしのダメ出しを実行すれば、反感を持たれて物別れに終わる事態も少なくなり、」
 「それどころか、『ネット上で一番に頼れるニセ科学批判者だ、弟子にしてください』という言葉がもらえる日の到来も、ぐっと近くなります……という意味」

「もしも罵倒芸の論者が、呉子の『先ず和して而(しか)る後に大事を造(な)す』という言葉の意味を間違って覚えていたら」と考えました

 「まず和やかな下地をこしらえると思惑外の大disを成す」
 「ネット上でdisり合いを行う際には、論者の皆が、」
 『有意義なdisで語り合いたいな、事情を知らない人でも一読で得心するようなdisログにしたいな』
 「と思って参加すれば、当初に予想した利益をはるかに上回るものすごい結果が出て皆が唖然とするのです……という意味」

ネタのお言葉『disのコメント、良い出来に非ざるはなく、disのコメント、悪い出来に非ざるはなし』

 この言葉は、荘子の「もの、あれに非(あら)ざるはなく、もの、これに非ざるはなし」の罵倒芸版である。
 【意訳
 あれやこれやと文章の構成を試行錯誤して、ようやく仕上げたdisコメントをネット上にアップして、
 「今日もまた、美しいdisコメントを読者さまにお見せすることができましたわ」と感慨に浸るも、しばらく時が経って見直せば、
 「あらら? こんな変なdisのコメントを、あたくしは書きましたかしら?」となります。

 あるいは、「なんとなく調子が悪いから、今日は適当にdisって終わろうかな……」という感じで公開したdisコメントであっても、しばらく時が経って見直せば、
 「これはすごい、誰よりも的を射たdisだ、いったい誰のdisだろう? はっ!? 僕が書いたdisじゃん!」となります。
 このように、ネット上でしばらく罵倒芸を行っていると、良い出来だったはずのdisが悪い出来のdisに見えてしまったり、その逆パターンも発生したりします。

 というわけで、「これこれこのように仕上げたdisだけが良いdisといえるのだ、それ以外の方法で作ったdisはダメなdisなのだ、そんなの絶対に公開してはいけないdisなのだ」などと固く考えず、
 「腹八分という言葉もあるように、まあまあよく出来たdisのコメントならば、それでよしとする」という緩やかな規律を自分に課しましょう。
 そうすることにより、ゆったりとした気分で画面と向き合うことが可能となり、引退する日が来るまで心の落ち着いた罵倒芸を行うことができます。
 【意訳、終わり
 そのように荘子はアドバイスしている。

「もしもニセ科学批判者が、アニメの『機動戦士ガンダムZZ』で使用されたセリフ、『大人達が勝手に始めた戦争に、なんで子供の俺達が戦って、尻拭いしなきゃならないんだよ』を間違って覚えていたら」と考えました

 「ニセ科学推進者たちが勝手に作って広めた科学的に怪しい言説を、なんで僕たちが手弁当で批判してまわって、ニセ科学信奉者たちの反発をくらって、悪しき相対主義的な傍観者からのダメ出しまで聞いて、後始末しなきゃならないんだよ!」

ネタのお言葉『まともな科学を推奨する声は無く、ただ猛りを書きなぐったログが流れ』

 この言葉は、あの王安石の漢詩『鍾山即事』(しょうざんそくじ)の罵倒芸版である。
 【意訳
 その日の私は、ニセ科学の擁護を声高に叫びながらブログ記事の量産に励む者の姿を、ネット上の片隅で発見した。
 幾星霜も論争した末の結果であろうか、世のニセ科学批判者たちに対する私怨の記事も、いくつか披露されていた。
 暴言も辞さないブログ主の悪辣な態度は、支持者たちも哀しく思い、シュンとうなだれている。

 見かねていっちょ噛み的な諫言を送った私であったが、ブログ主はキレ芸を山ほど晒すだけに終わり、かえって憂鬱な雰囲気が強化されてしまった。
 【意訳、終わり
 そのような出来事があったと王安石は鍾山の向かいで記している。