「医学玄人たちに反論した後、再反論をもらわない・もらうのどちらにしても、わくわくな時間が来る芸」を考えました

 ・まずは、医学玄人たちが居るログに乗り込む。

 ・主張する。「諸君の言い分は誤りである、なぜならば、テレビのワイドショーでタレントたちが話していた内容と異なるからである」

 「えっ、『論文を根拠にしてダメ出しを行ってくれ』ですって?」

 「言っておくが、私は、」
 『論文を読む作業は面倒だよね、時間も掛かるしね、費用対効果はゼロに決まっているんだ』
 「と考えている者である」

 「この事実により、」
 『僕には、テレビに出ているタレントの話を根拠にして、君たちに反論するしか道はなかったんだ……他にどんな選択肢があったっていうんだっ!?』
 「という結論が導かれる」

 ・そのように述べたあと、沈黙する。

 ・医学玄人たちは、「もしかして、我々は椅子から転げ落ちるタイミングかな?」と思い、実行する。
 「どさっ」「うわっ」「床が絶対零度にまで冷えている? なぜなのよ? 悪夢的だ?」

 ・それを確認したら、「諸君の協力に感謝する、おかげでオチが成立した」と述べる。

 ・ミッションコンプリート。

 【この芸の利点
 「画面の向こうに居る見知らぬ人たちと共に、1つのコントが仕上がった」
 という達成感が実現する。

 医学玄人たちが椅子から転げ落ちず、普通に議論が進んだ際は、
 「どのようにオチをつけるべきか?」
 とアイデアを探す自分が実現する。

 どちらの世界線に分岐しても、わくわくの心ですごせる時間が来る。

 【この芸の注意点
 「YOUは何を言っているんだYO!」と思われた御方の場合、この芸を実行すると135億年分のストレスを感じて倒れる。
 思考の片隅へメモするに留めておくが無難である。

 以上、「医学玄人たちに物申した後、議論の進行がいかようになろうとも、わくわくな時間が来る点については同じになる芸」の解説であった。
 (この記事は、『NATROMのブログ』の「もし家族が肺炎になったら新型コロナの検査を要求するか?」のコメント欄の、次のNATROM氏の文にインスピレーションして書きました)
 なんでテレビなの?
 論文を読むふりぐらいしないの?
 日本語しか読めない医師だっていくらなんでもネットニュースやテレビを根拠に診療なんてしませんよ。医師向けのサイトや各学会のガイドラインを参考にするでしょう

さすがにテレビ番組を根拠に滔々と自説を述べる方の相手はしていられません

 【追記
 医学玄人たちに向かって、
 「このような話をテレビで述べるタレントが居ましたの、いかがですの」
 と伺い出た場合、医学玄人たちは
 「そうですわねえ、エビデンスレベルが低い話のようですわねえ」
 という態度で応じ、和やかな議論に発展する確率が高いと思われる。

 一方で、
 「医学玄人たちの主張は絶対に間違っている! なぜならテレビでタレントが話していた内容と違うから!」
 という態度で臨むのは危うい。
 初めは苦笑いで対応していた医学玄人たちも、次第に険しい表情となり、
 「どうやら、徹底的に修正してあげねば分からんようだな……」
 と判断し、ネットモヒカンモードに移行する。
 その後の自分は、医学玄人たちから細かい部分まで論破された上でログから追い出される。

 【ログから厳しく追い出される例
 医学玄人たち「今からあなたは、7秒後にアクセス禁止の処分となる」
 「7秒のあいだに、自説のダメな点をすべて妥当な内容に直しておくのだな」

 自分「えっ? テレビのワイドショーに出てくるタレントの話を根拠にして皆さんにダメ出しを展開した、ゆえに私はアクセス禁止にされるですって?」
 「なんとも飛躍した論理ですなあ」
 「そんな論理に傍観者たちが納得しますかなあ」
 「しないですなあ」
 「ゆえに私は皆さんのログに居続けてよいという理屈になり、これまでの態度を続けてよいという理屈になるんですなあ」

 医学玄人たち「7秒が経過した、アクセス禁止とする」

 自分「いえいえ、私は気の済むまで優越な己を皆さんのログで披露し続けるんですなあ」
 「その権利が私にはあるんですからなあって……りりり、りふじんなあっ!?」

 医学玄人たち「自論は絶対に正しい、反論する人々こそ絶対に間違っている、そんな態度をなかなか改めない者がログに居座るとき、優しく諭してあげる我々は、もう居ない」
 【ログから厳しく追い出される例、おわり

 もちろん、
 「自分は医学の素人ですが、情報収集の能力については医学玄人たちを上回っている、すごい素人です」
 という自信を持つこと自体はよい。
 そのような自信があるからこそ、医学玄人たちに論戦を挑めるのである。

 問題は、情報収集の能力を過信し、確証バイアスがすごいことになり、見落としがある論で医学玄人たちを批判して返り討ちにあうことである。
 冷徹に論破されるだけならば、まだマシなほうである。
 次のようなリアクションをされる場合もあるのである。

 A「ヒャッハッハ、ツッコミどころだあ!」
 B「笑えるポイントもあるぜー!」

 C「おい見ろよ、どこぞのネット記事に書いていた噂話までも、自説の根拠にしてやがるぜ?」
 D「やれやれ、ちょっと検索したならば、症例報告すらない信頼性に欠けた噂話と分かるってのによ!」

 E「お前の主張は、すべての歯が丸いノコギリだった……」
 E「なかなか板が切れないってことね」
 E「使っているうちに腹が立ってきて、わきにうっちゃるってことね」
 E「【あなたの切磋されていない主張は嫌になるほど拝聴しました、我々のログにとっては無価値であることが十分に理解できました、ご退場ください】をひねって言ったのね」

 「テレビでタレントたちが話していた内容を基にして医学玄人たちに反論するのも有りかしら?」
 と考えている読者様は、この点に注意して実行しよう。

自説の正しさに多大な自信があるゆえに、疫学の玄人たちから誤りを指摘されてもなかなか認められず、もどかしい気持ちになる疫学素人でも、疫学の玄人たちと長く議論を続けられる方法

 •まずは、次のスタンスで疫学の玄人たちと議論を始める。
 「自分が考えることは常に正しい、自分がネット上に公開する主張も常に正しい、そんな自分に異論を述べる人達はみんな間違いだ」
 
 議論の途中で次の状況になる。
 「あかん、疫学の玄人たちから総ツッコミをもらって自説の間違いが明らかになってしもうた、どないしよう?」

 •素人の立場を強調して凌ぐ。
 「この私は、疫学素人としての意見を述べたまでのこと」
 「素人なりの問題提起をしたまでのこと」
 「おかげで、多くの一般人に関心を持ってもらうことができた」
 「これは疫学玄人の諸君にはできない所業であり、疫学素人である私ゆえに達成できた成果である」
 
 •これを聞いた疫学の玄人たちは、あきれる。
 「自信満々で議論を始めておきながら、自説が不利になった途端に素人の立場を強調して開き直るってどういうこと?」
 「議論を続ける気が失せたよ、帰る!」
 
 •いま帰られては寂しいという思いが募り、下手に出ながら引き留める。
 「私は疫学を勉強中の者です、もっと色々な知識を授けてください」
 
 •それを聞いた疫学の玄人たちは、「殊勝な態度だ、議論を続けてもよさそうだ」と判断する。
 
 •議論の場に戻ってきた疫学玄人たちの姿を確認し、安心し、再び疫学の素人なりに構築した自信満々の主張を聞かせてあげる。

 この方法の要点は、「自信たっぷりに自説を語る態度」を見せた後、「勉強中の私に正しい疫学の知識を教えてください」という謙譲を見せてあげることである。
 疫学の玄人たちにギャップ萌えを覚えさせるのが狙いである。
 
 読者さまの議論術の参考になれば幸いである。
 
 【注意事項
 「このブログ主は何を言っていますの」と思われた御方の場合、この方法を実行すると多大なストレスを感じて倒れる。
 思考の片隅へメモするに留めておくが無難である。

世のニセ科学批判者たちからポケモンのセリフ風に感心してもらえる方法

 次の記事を発見した。
 言ってもいないことを言ったとされてしまう問題について - NATROMのブログ

 読み終えた私は、次の主張を思いた。
 【思いついた主張】「当時のNATROMさんと林衛さんのやり取りは、事前の打ち合わせがあって行われた可能性もゼロではない」
 「というのも、当時のNATROMさんと林衛さんは、『医学的な考え方に馴染みがない人々にも興味を持って読んでもらえるツイッター上の対話とは、どのような形が一番か?』というお題を立てて話し合い、」
 『やはり漫才の形が一番だ』
 『林衛さんがボケ役を務め、NATROMさんがツッコミ役を務めてツイッター上で掛け合いする』
 『そうすると、普通に対話する場合に比べて三倍の数の読者が集まるのだ』
 「という考えに至り、実行に移された」

 「このような背景があるために、我々は次のような感想を述べてはいけない
 『当時の林衛さんは、科学的な議論の形成が困難な御方だった。それ以前に、普通の議論ができない御方だった』
 『一方のNATROMさんも、早い時期に『相互理解の達成は絶対に不可能な相手』と判断しておけば、『底に穴が開いたバケツに水を入れるような不毛感が増すばかりでがっかり』と嘆く日々は来なかった』

 「このような感想を述べてしまうと、『実は演出のやり取りでした』と明かされたときに、『返せ……。返せ! 真面目に分析して感想文にまとめた僕のリソースを、返せ!』と叫ぶ事態となる」

 このような主張をニセ科学批判者たちに向かって述べると、次のように感心してくれる。
 【ゲームのポケモンで使用されたセリフ、『かがくのちからって すげー!』風に感心するニセ科学批判者たち】
 「可能性もゼロではないという言葉のちからって、すげー!
 「この言葉をあらかじめ述べておけば、その後に根拠がない話を山ほどしても、読者たちは完全否定ができなくなってしまうんだ!

 以上、世のニセ科学批判者たちからポケモンのセリフ風に感心してもらえる方法であった。