創作小話『科学的に怪しい本を紹介したブロガーとニセ科学批判者』(追記あり)

 有名ブロガーのAさんが、お気に入りの本を紹介しました。「罵倒芸の論者たちに朗報である」
 「この本によれば、あの罵倒芸イオンは実在するらしい」
 「罵倒芸イオンを摂取した罵倒芸の論者は、disの能力が三倍になるそうだ」
 「詳しく知りたい罵倒芸の論者は、私が薦めるこの本を読みたまえ」

 すると、ニセ科学批判者のBさんが現れて言いました。「その本の内容はデタラメです、紹介するのはやめたほうがよろしいです、Aさんのブロガーとしての信頼が低下しますから」

 Aさんは反論しました。「私に対するアラ探しはやめたまえ、貴公は世の低リテラシーの者どもに正しい科学の知識を説いて回っておればよいのである」

 中立の傍観者を名乗るCさんも現れて言いました。
 「Aさんには、罵倒芸イオン実在説の本を読む自由があり、かつ信じる自由がある」
 「Aさんには、罵倒芸イオン実在説の本を自ブログで紹介する自由がある」
 「ゆえにB氏には、Aさんの言動にあれこれ口出しする権利がないという理屈になり、Bさんは永遠の沈黙を保っているべきという理屈になる」

 それでもめげずにBさんは批判を頑張りました。
 「Aさんを説得できる可能性は低いかもしれないが、Aさんのブログの愛読者たちには私の言い分が伝わるはずだ」

 Aさんのブログの愛読者たちは感想を述べました。
 「Aさんは凄い、B氏のいちゃもんに余裕で対応している」
 「考えてみれば当然だ、Aさんは罵倒芸イオン実在説の提唱者ではなく、提唱者の本を紹介したにすぎない立場の人だ」
 「もしかすると次のような文句を言う読者が現れるかも知れないが、それは読者本人の自業自得であり、Aさんには関係ない」

 自業自得な読者:
 『ほう、そんな本があったのか、ならば私も、自分のツイッターでフォロワーたちに紹介してあげよう、きっと喜ばれるに違いない』
 『と思って実行したら、フォロワーたちから一斉に間違いを指摘されて、大炎上した』
 『おかげで私は、釈明に追われる日々を過ごして神経を消耗した……どうしてくれるんだ!(怒)』

 「このケースの場合、『有名ブロガーのAさんが紹介している本だから』と安易に信じたのが悪い」
 「有名人が紹介する本でも疑ってかかる、科学的な誤りがないかどうかを検証する、これはAさんのブログの愛読者である我々にとって普通の作業と化している」
 「ゆえに、罵倒芸イオン実在説の本を紹介したAさんに対して騙された云々と文句を言うのは、筋違いである」

 「以上の理由により、Aさんに落ち度は一つもないという結論になる」

 それを聞いたBさんは、悲観しました。
 「私の言い分はオーディエンスにすらも伝わらないのだ、このうえは引退するしかない」

 言い終えたBさんは、「無力感に包まれた元ニセ科学批判者をやさしく受け入れてくれる夢幻郷」を求めてネットの果てに旅立ちました。

 【教訓】この話は、ネット上で他人に向かって、「あなたが好意的に紹介している本の内容はニセ科学ですよ」と指摘する行為に加えて、「ニセ科学的な本をネット上で好意的に紹介することはやめたほうが良いですよ」というアドバイスまで実行した場合、説得に失敗する可能性が二倍になるという現実を明らかにしています。

 (この記事は、以下のツイート群にインスピレーションして作りました)
 ダルビッシュ有(Yu Darvish)さんのツイート
 タンパク質というのは何もアスリートだけに必要なものではない。
 この本オススメです^_^

 高タンパク健康法 (健康基本知識シリーズ1) https://www.amazon.co.jp/dp/4872426622/ref=cm_sw_r_cp_api_i_X1CuCb5A016TK


 みおつくしさんのツイート
ダルビッシュ有さん…それトンデモ本ですよ…エビデンスないですよ…


 ダルビッシュ有(Yu Darvish)さんのツイート
人のアラ探してないでご自分が成長して皆さんに正しい栄養学を教えてくださいね。


 ダルビッシュ有(Yu Darvish)さんのツイート
 「三石巌氏は長く研究されているようですが、論文がありませんのでトンデモです。」

 多分あなたがトンデモだと思いますよ。。


 みおつくしさんのツイート
 なぜです?


 ダルビッシュ有(Yu Darvish)さんのツイート
 論文を書いていないからトンデモだという謎理論を当たり前かのように言うからです笑


 みおつくしさんのツイート
 書いていないからではなく、論文に基づいていないからトンデモなんですよ。
 また、三石巌氏の治療が事実なら論文になっていますよね。なのに論文はありません。そのためトンデモです。


 ダルビッシュ有(Yu Darvish)さんのツイート
 本人が書くつもりなければ論文にならないでしょう笑


 ダルビッシュ有(Yu Darvish)さんのツイート
 みんなあなたの価値観持ってないですよ笑


 みおつくしさんのツイート
 論文に基づいたものと論文に基づいていないものがあれば、
 論文に基づいたものが優先されます。
 三石巌氏が正しかったら、食事摂取基準に反映されてますよ。

 食事摂取基準(USA)
 https://www.nal.usda.gov/fnic/dietary-reference-intakes
 日本人の食事摂取基準


 hosokilove0 さんのツイート
 論文を盲信するのもどうなのでしょうか…
 恣意的に歪められた論文を信じ込んで60年間も誤った認識を持っていた砂糖。
 ノーベル賞受賞の本庶教授も「科学誌の説も10年経ったら残って1割」と、“自分の目で確かめること”の大切さを述べられています。


 ダルビッシュ有(Yu Darvish)さんのツイート
 こんなんもあるんだなー!
 むしろ論文あるほうが怪しいんじゃないか笑


 みおつくしさんのツイート
 論文の蓄積と相互批判でしかエビデンスは成り立ちません。
 「科学誌の説も10年経ったら残って1割」というのも10年間の他の論文による批判によって成り立っています。


 SekiTaiseiさんのツイート
 Evidence, Clinical expertise, Patient value. 科学者や治療家はEvidenceを元に情報を提供するのが役割であって、決断を下すのはクライアントの役割。何の情報の取り入れ、利用するか。それはクライアントの役割であって、そのpatient valueをリスペクトできない人はそもそもの関係性が分かってない。


 みおつくしさんのツイート
 個人の自由を尊重するためにも、適切な情報としてエビデンスを提示するのは必要ですね。


 SekiTaisei‏さんのツイート
その適切な情報を提示するのは科学者や治療家の役割であって、ダルビッシュさんが自分の価値観で情報を発信するのはダルビッシュさんのvalueでありそこにみおつくしさんが介入する所ではありません。


 SekiTaisei‏さんのツイート
なので、トンデモやエセ科学と明らかにするのはみおつくしさんの仕事であって、どんな情報であろうがダルビッシュさんには取り入れ、利用する自由があります。それが科学者や治療家達にとってはエセやトンデモ科学でもそれがダルビッシュさんにとって良ければいいんです。


 みおつくしさんのツイート
 三石巌氏の「治療法」を信じて標準治療を拒否する人が出てきた時はどうすればいいのでしょう。

 例えば、この小児急性白血病の患者さんの事例を信じるのは危険ですよね。
 https://m.facebook.com/100003189999578/posts/1206714392778216/


 ダルビッシュ有(Yu Darvish)さんのツイート
論文ニキやばいわ


 研修医A‏さんのツイート
言ってることは間違っていない。でも彼の矛先になってしまっている科学者達が普段から戦っている姿には涙ぐましいものがある。彼らが何よりも避けたいのは非科学的な論調が広がって、患者や一般の人が害を被ることなんだ。不器用で理詰めだからバズると嫌われるけど、僕は科学を推す先生達は善だと思う


 研修医A‏さんのツイート
今回のダルビッシュの書籍問題とは直接繋がらないけれど、心無い人が非科学的な論調を広めて、まっすぐな患者さんが被害を被る姿は医療者にとっては珍しい光景じゃないから。
そうして救えるはずだった命が失われてしまうことさえ、現実でままあることなんて、僕だって信じたくもない。

・・・・・
追記、その1
 「中立の傍観者を名乗りながら世のニセ科学批判者たちにダメ出しして自分一人の勝ちを収める方法」
 を探求している私としては、SekiTaisei‏さんのtweet群が参考になった。

 読者様におかれては、近い将来に私が、
 「科学素人には、科学的に怪しい本を信じる自由がある」
 「そして、科学的に怪しい本を好意的にネット上で紹介する自由もある」

 「ゆえにニセ科学批判者たちは、どこぞのネット上で誰かがニセ科学的な説を好意的に紹介していても、黙って見ているしかないという理屈になる」

 「そんなのいやだ、指摘せずに黙っているなんて耐えられない、そう思ったニセ科学批判者は、引退すればよい」
 「そうすれば、ニセ科学批判活動における喧騒と無縁の安楽な隠居生活を送れる」

 と言い始めた時は、
 「SekiTaisei‏さんの主張をアレンジしてパワーアップしたニセ科学批判批判を実行しているな」
 という感じで鑑賞していただければ幸いである。
 【追記、その2
 ちょっと思索。

 仮に、SekiTaisei氏の主張が正しいとする。
 そこでSekiTaisei氏の論理を、SekiTaisei氏とみおつくし氏の関係に当て嵌めて考えると、

 •SekiTaisei氏=patient valueに関する情報を提供する役割の人
 •みおつくし氏=patient valueに関するクライアントの役割の人

 と成る。すると、

 •patient valueに関してみおつくし氏が何の情報を取り入れ利用するかはみおつくし氏の役割である

 •「patient valueに関してみおつくし氏が何の情報を取り入れ利用するかはみおつくし氏の役割」をリスペクトできない人は、そもそもの関係性を分かっていない

 と成る。つまり、

 •patient valueに関する情報を提供する役割の人は、SekiTaisei氏

 •みおつくし氏が自身の価値観で情報を発信する行為は、みおつくし氏のvalue

 •そこにSekiTaisei氏が介入する所は無い

 それにもかかわらず、SekiTaisei氏はみおつくし氏のvalueに介入した。なぜか?

 可能性その1
 次の点を忘れていたため、みおつくし氏のvalueに介入した?
 「自分はpatient valueに関する情報を提供する役割の人、クライアントの役割の人であるみおつくし氏のvalueに自分が介入してはいけない、介入すればそもそもの関係性を分かっていない人に成る」

 可能性その2
 次のスタンスを採用していた?
 「他人Aが他人Bの言動に直接異議を唱える行為は許されないが、それを傍観していた自分が他人Aの言動に直接異議を唱える行為は許される、なぜならば、自分は例外の存在であり、特別の存在だから」

 以上の2つが思い浮かんだが、他の可能性もありそうなので、後で思索しておく。
 【追記、その3
 プロの科学者たちの前で次の論理を述べた場合、総ツッコミがもらえるか否か。後で思索しておく。

 前提1:私は自分のtwitterで、とある健康本をフォロワーたちにお勧めした
 前提2:その健康本の著者は、自説に関する論文を書いていない
 結論:ゆえに、『論文が存在する説=怪しい説』という式が成立する
 【追記、その4
 faridyus氏のツイート
こんなんもあるんだなー! むしろ論文あるほうが怪しいんじゃないか笑

 このtweetに対して、プロの数学者である黒木玄氏が「いいね!」を付けておられる。

 ということは、黒木玄氏の前で、
 「私は、とある健康本を読者たちにお勧めした」
 「その健康本の著者は、自説に関する論文を書いてない」
 「ゆえに、『論文がある説=怪しい説』という式が成立する」

 と述べても、ツッコミはもらえない可能性が大か。後で思索しておく。

創作小話『ブログの管理をしてくれる人を探したムラビト的論者たち』

 そのムラビト的論者ばかりが集まるブログの管理人は、「とつぜんですが、今日かぎりでネット人生を終えます。あとは、皆さんにお任せです」と言って、姿を消しました。

 困ったムラビト的論者たちは、議論した末、知り合いのニセ科学批判者に頼んで新しい管理人になってもらうことにしました。
 そのニセ科学批判者は、「残念ですが、いまは数多のニセ科学を批判することで忙しいのです」と言って、断りました。

 次にムラビト的論者たちは、知り合ったばかりのニセ科学批判批判者に頼みました。
 ニセ科学批判批判者は、「それどころではない、私はネット上で見かけたニセ科学批判者たちの言論を、片っ端から批判してまわらねばならん宿命なのだ」と言って、断りました。

 次にムラビト的論者たちは、通りすがりの悪しき相対主義者に注目しました。
 「あの御方は、なんだか難しい言葉を使っていて、すごい有識者にちがいない」
 さっそく声をかけると、悪しき相対主義者はブログの管理人になることを承知しました。

 その後、ムラビト的論者たちは、悪しき相対主義者の『曖昧で抽象的で、どうにでも解釈できるような言論』を毎日聞かされて、消耗しました。

 【教訓】これは、自分たちの新たなリーダーを急に選ぶ必要にせまられた場合、吟味の時間があまりに少なくて、候補者の見極めに失敗して最もふさわしくない人物を選んでしまうというお話です。

創作小話『悪しき相対主義が得意なイヌと科学に疎いウサギ』

 茂みの中から、科学に疎いウサギが出てきました。
 それを見たイヌは、悪しき相対主義で論破に追い込もうとしました。

 ウサギは、頭の中にある少ない科学知識を、必死になって引き出しました。
 その結果、イヌの追及を振り切ることに成功しました。

 傍観していたヤギが、感想を述べました。
 「悪しき相対主義を得意気に振りかざしていたイヌさん、科学に疎い無名のウサギにすら勝てず」

 イヌは、気にしない様子で言いました。
 「遊びで言論を披露しているインテリの僕と、拙くても必死の気持ちで言論を披露するウサギとでは、議論がイーブンで終わっても当然さ」

 【教訓】これは、科学に疎い人でも真摯な気持ちがあれば有識者にも勝る主張ができるというお話です。

創作小話『ウサギとワシとニセ科学』

 ムラビト的な思考のカエルが、モヒカン的な思考のヘビに論破されました。
 それを離れた場所から見ていたウサギは、感想を述べました。
 「なんて間抜けなカエルなのでしょう」
 「モヒカン的な思考を持つヘビの前で科学的に間違った主張を述べるとは、危機感がないにも程があります」

 すると、背後からワシが飛んできてウサギを捕まえました。
 意識が薄れながらウサギは言いました。
 「深淵を覗くとき、また深淵もこちらを見ているのだという言葉がありますが、このことでしょうか」

 【教訓】この話は、人生においては傍観者の立場から当事者の立場に急に変わってしまうという状況が起こり得るという現実を明らかにしています。

創作小話『素手で作ってしばらく放置したおにぎりを呪術的な理屈で食した者』

 その主人公であるAさんは、次の記事を読んでいました。
 『おにぎりは素手でにぎるのが一番?(成田崇信) - 個人 - Yahoo!ニュース

 読み終えたAさんは、感想を述べました。
 「ふむふむ、素手で作ったおにぎりは【手からのエネルギーで美味しくなる】ものだったのか、これは初耳だ」
 「と思ったら、科学的な根拠は不明とな」

 「残念な話だが、逆に考えると、呪術的にアプローチする余地があるという理屈になる」
 「呪術的な念を込めたならば、素手でおりにぎりを作って暖かい場所にしばらく放置しても、なんら問題はないはずだ」
 「よし、さっそく自分自身で試してみよう」

 その後、黄色ブドウ球菌の毒素によって倒れたAさんは、後悔の言葉を述べました。
 「なぜに私は、愚かな考えを実行したのだろう」
 「そうでなければ、今ごろは色んなおいしいものを食べていられたのに」

 【教訓】これは、愚行権を優先しすぎると当初に組み立てた人生設計が大幅に狂ってしまうということを例えたお話です。

創作小話『ニセ科学問題に対する態度を急に変えたキツネ』

 ヤギからニセ科学問題について意見を求められたキツネは、関心がない様子で、
 「つまらない話だ、そんなものを重要に思っている者は、頭がおかしいんだ」と言いました。

 すると、ライオンが現れて言いました。
 「わしはニセ科学問題を重要だと思っているが、どこがどう頭がおかしいのか、説明してくれるかね」

 おどろいたキツネは、「そのようなことはございません」と言って、ニセ科学問題の重要性について一生懸命に弁論しました。
 ライオンは、納得した様子で帰ってくれました。

 【教訓】この話は、普段はニセ科学の被害を軽視している人であっても、いざ我が身に降りかかった場合は真剣に取り組むという現実を明らかにしています。

創作小話『空飛ぶスパゲッティ・モンスターの模型にニセ科学批判を毎日報告した者』

 その新人のニセ科学批判者であるAさんは、空飛ぶスパゲッティ・モンスターの模型を作り、狭い書斎の真ん中に設置しました。
 Aさんは、模型の前でニセ科学批判の成果を報告しました。
「今日は、どこそこのインチキな説を論破することに成功しました。これもスパモンさまのおかげです」

 それを毎日続けていると、本物の空飛ぶスパゲッティ・モンスターが現れてAさんに言いました。
 「そのような報告は、今日かぎりでやめるのだ」
 「でなければ、お前はいつの日にかニセ科学批判の仕方に行き詰まり、多大な消耗感におそわれて、それを私のせいにするであろう」

 【教訓】これは、自分の意思で始めたことが失敗したときに、他のものに責任を転嫁して八つ当たりするタイプの人に聞かせてあげるお話です。

創作小話『キツネとニセ科学的な言説』

 空腹のキツネが、川の近くのヤブにやって来て、狩りを始めました。
 間違って『ニセ科学的な言説』を捕まえたキツネは、「これは食えない」と言って、川に流しました。
 『ニセ科学的な言説』は、川下にすごい勢いで流れていきました。

 それを見たキツネは、呆れました。
 「やれやれ、ニセ科学の分際で、このぼくを追い越して先に帰ってしまうなんて」

 【教訓】この話は、インチキな説がまともな説を差し置いて社会に流行する状況を例えています。

創作小話『科学的に正確な記事を書くのは面倒だと言ったブロガー』

 その主人公であるAさんは、ぶつぶつ言いながらブログの記事を書いていました。
 「ネット上は公の場であり、不特定多数の人が見ているのだから、科学的に正確な記事を書かないといけないんだよね」
 「とはいうものの、これがけっこう神経を使う作業なんだよね」
 「ああ面倒だ、誰が手伝ってくれないかな」
 「おーい、モヒカン的な論者、ぼくのブログ記事を校正してくださーい」
 「ぼくのブログ記事を、科学的にしてくださーい」

 すると、モヒカン的な論者がAさんのブログに現れました。
 驚いたAさんは、「いえいえ、自分一人で記事を仕上げます、どうぞお引取りください」と言って助力を断りました。

 【教訓】このように、記事の推敲は面倒で気の進まない作業ですが、モヒカン的な論者に修正されて疲弊する事態に比べればマシといえるのです。

創作小話『詐欺師と科学素人の村』

 その流れの詐欺師は、科学素人ばかりが住んでいる村を訪れて、ニセ科学的な製品を売り始めました。
 村人たちは、喜んで購入しました。
 「これはすごい、飛ぶように売れる」と詐欺師も喜びました。

 しかし、村人たちのニセ科学に対する無邪気な信じようを眺めていると、詐欺師は今までにない不思議な感覚におそわれました。
 「なんなんだ、この村の者たちは? 誰一人疑いもせず、ニコニコ笑顔で買うなんて」

 完売して商品が無くなると、村人たちは詐欺師に迫りました。
 「もっと欲しい……もっと、欲しい!」「私たちは、科学的な品に飢えているんです!」

 それを聞いた詐欺師は、我慢できずに言いました。
 「お前たちの科学リテラシーは、どこへ行ったのだ?」
 「明らかに科学的に間違っている売り文句を聞かされているのに、何かがおかしいとは思わないのか?」
 「そんなのん気な態度を見せているから、この国にニセ科学が蔓延してしまうんだぞ!?」

 【教訓】これは、他人から怪しい話を聞かされたときは、すぐに飛びつかないで裏を取る癖をつけましょうというお話です。